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己れは生きて居るや

三天主考 令和7年7月29日   何故に世に現れ 此の時に生きるや   何故に苦しみを背負いて 何に向かいて生きるなりや   生かされて汝有り 生かす為に汝有り   道を知りて見える世界 進むべき處は明らかとならん  同じ世界に生きるとも、見える物事は人夫れ夫れに違うなり。同じ環境に身を置くとも、夫れ夫れに感じ方は異なるものなり。一方で極楽の様に感ずる者もあれば、耐え難き苦しみの様に感ずる者もあるなり。同じ世界に生きる様に見えて、全く異なる生を歩むが萬霊の姿と言えるなり。   夫れ夫れに異なる運命を持ち、背負う因縁も様々なり。霊の視点に立つなれば、修行の段階が異なるとも言えるなり。多くの霊は夫れ夫れの運命に従いて、夫れ夫れ進み行かん。人であれば夫れ夫れの生き方を為し行く事となるなり。  己れは生きて居るや。如何なる方に向かいて其の生を修めんとするや。是れを正すには、己れが生かされて居る事を悟る事が大事とならん。因ありて果あり、縁ありて其の先の未来あり。己れを生かすものの存在を知り、己れが如何に為すべきかを判ずる事が必要とならん。  然れど多くの場合、其れを明らかに悟る事出来ず。頂きたる尊き生を正しく全うする事は出来ず。己れは如何なる世に生きたるか、其れを正しく見抜きて自らを正すべし。道を得た事に由りて開かれる運命あり、見える世界あり。是れを追求すべし。  生かされたる己れを更に知り、更に感じ、自らの心を変え行くべし。心が変われば見える世界も又、変わるなり。生かされし己れ、何の為に生かされたるや。其の答えも又道の中にあり。是れ生かす事なり。  即ち救いを伝え、真の幸福を多くに及ぼす事なり。萬霊が夫れ夫れに見て居る世界、生きて居る世界に光の道を開き、進むべき目的を与える事なり。道を知り、道を志し、開かれ行く真の生を確りと己れのものとし、是れを離さず大志を起こし、進み続けるべし。

道を代表し、世に示す者となるべし

三天主考 令和7年7月4日    天道即人道 人道無くして天道を語れず   人道即天道 人道を極めれば其れ天へと至る  天道の大目的は救霊にあり。然らば救霊に一点集中し、其れのみを為せば良きや。救霊とは霊を導きて天へと救い返す聖業にして、是れを為すに行道者の器が大きく求められる處となるなり。  天道は修性を大事とす。自らを修め、人の道を正し以て魂魄を浄化し、霊性を磨き霊としての成長を為し行くなり。人として世に降されたるは、人としての道を修める為であるなり。是れを忘れて大目的へと到達する事はあり得ず。人として如何に修めるべきであろうや。  天道人は道を示すにあり。人を見て道を示すや。道より離れさせる事とならんや。人としての道を修め、積むべき徳を養うを要す。本来是れが天に帰る方法となれり。神国人なれば神国を創り見せる立場なり。則ち是れは天道の目的の一つ治世と言えるなり。人成らずして徳の世は成らず。徳の世と成さば人の道は広がり、救霊も更に活発となり行かん。  道を歩みし者達は五聖を体現し、五常八徳を有して大道を示す者でなければならず。道を代表し、世に示す者となるべし。其の為に欠けたる己れあらば是れを正し、人として美しきあるべき霊性の己れを養うべし。道を歩む其の道とは、天の道にして人の道なり。

道の絶対なる救いを思うべし

三天主考 令和7年7月2日   救いの道は様々なる形を以て 象の世に具現せり   大道の真理は如何なるものか   道を自らは 如何に見て示し行くのか   萬霊へと道を照らす神国人たるべし  濁りし河川も其の上流は清し。汚れし霊も元なる性は美しきなり。道が象へと現れ様々なる處へと救いが延びて行く中で、如何なるものを道として見せ感じさせ、見られて居るか解する事も大事とならん。  水清くして魚棲(うおす)まずと謂われるなり。然して道は如何なる形を以て、衆生迷霊の處へと伝わりたるや。其の末端にありて、天命の光が歪(ゆが)められ汚されるなれば道となり難し。大事なるは救いに繋がるか否かなり。道の絶対なる救いを思うべし。  自ら感じたる道は其の内の何れ程のものなるや。又自らが説き示したる其の道は、天命の光、救いの力を何れ丈含みたるものとなるや。又自らより伝わりし道は、何の様に捉えられ、如何なる感化を与えるものとなりて居るや。  道の光が広がり縁が拡大する程に、其の元、源流を思い、其處へと萬霊を率い、大道の大道たる處を示し行く事を要すなり。道の広がりは救いの広がり、善縁の広がりは神国の広がり、是れを真に為し多くを導きて、救世主を育てるべし。