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大道にて得られるものは無限なり

三天主考 令和7年10月17日   大道にて得られるものは無限なり   無限の中より己れにしか得られぬ天職もあり   夫れ夫れに使命を背負いて道にあり   自覚信念が大いなる扉を開くなり  道に出會いて同じ救いの宝を得るなり。後の行道にて得られるもの は、夫れ夫 れに異なるものであるなり。其れは待ちて得られるものに無く、自 らの立志と行 道に由りて天より与えられ、又自ら掴み取り、或いは人霊より認め られるもので あるなり。  行道を通じて自らは何を得て来たであろうか。得たものは何の為に 役立つもの となるであろうか。己れの小さき幸せに終わるものに非ず、一時の 自己満足に消 えるものに非ず。救いに導く力であり、又器である筈なり。其れを 如何に生かす 己れであるべきなりや。  己れの中に封印する勿れ。徳は己れを潤わせて終わるものに無く、 聖業に用い て真の輝きとなり、又真の功とならん。道にて学び体感し、身に付 けたる凡ゆる 事を救いの聖業に発揮すべし。道にて得られし三宝、是れが唯一な るものと思う 勿れ。其の救いを萬民に届け、萬霊を導く力を得て行ずる事の尊さ あり。其の真 なる果を得る者達となるべし。

道に因縁解消と抜苦与楽の力あり

  三天主考 令和7年10月14日   善徳有るが故に道を知り 是れを修むなり   善徳足らざるが故に 道を歩みて修むなり   道を通じて自渡渡人 自達達人   當に其の徳を表す時なり  有徳の者として道にありや。苦しみを背負いて道にありや。道は萬 民萬霊の歩 めるものにして、様々なる縁より集う事とならん。苦しみ乍ら道に ありし己れあ らば、是れを浄化すべし。道に因縁解消と抜苦与楽(ばっくよらく )の力あり。  救われぬ己れあらば、是れを乗り越えるべし。是れ成らずして次の 段階へと至 る事能わず。汝等は救われし者にして、救いを伝え施し行く者であ るなり。神国 の中に満ちるべきは、因縁に苦しむ人霊の負の力であるべきに非ず 。因縁を乗り 越え成長し、昇り行く姿であるなり。  救われし者よ、其の霊心体を大いに活かして、救いを表し人霊を導 くべし。以 て導きたる人霊を成長の段階へと誘いて、後継者を育てるが如く、 更なる段階へ と至らしむるべし。汝成らずして後進も成らず。救いを示し憧れの 道を現し、共 に進み行く者達となるべし。  一年を通じ如何なる成果を得られたりや、如何なる成長を成し得た りや。高き 志は揺らぐ事無く、更に強きものとなりたるや。大道の目的に向か いて力強く進 む姿は、未来をより明るきものとし、雲を拂(はら)い地上天国の 世を引き寄せ る事となるなり。

汝等の心が道の幸福を育てるなり

  三天主考 令和7年10月7日   幸福を感じ乍ら 日々を生きる者あり   苦しみ乍ら 日々を送る者もあり   世は平等ならず    道を歩む者 幸福と共にありや 苦しみ乍ら歩むや  同じ道を歩むとも、感じ得られるものは夫れ夫れに異なるなり。大 きな感動を 得られる者、幸福感を得られる者、様々なる収穫を為す者がある一 方にて何も感 じず、何も得られぬ者もあるやも知れず。幸福や充実の中に天道を 歩む事能うは、 是れ無上の幸福と言えるなり。  縁深くして道を行じる機を存分に得られる者あり。其の縁があり乍 ら、感じ得 られぬもの少なければ誠に勿体無き事であるなり。未だ道の本質や 奥を知らずし て、行道の中に真に得るべき感動を得られて居ない者もあり。又、 食べ物の好み が違うが如く、人に由りて生ずる感覚も異なる事もあろう。  然れど、神佛が願うは最高の幸福なる天道を歩むなれば、大いなる 幸福を味わ い及ぼし、更に大きく為して耐える事であるなり。幸福感と共に道 を歩む事を切 に望まん。其れ心より感じ起こり、心に由りて心に伝えられ響くも のとなるなり。 感動に満ち、感謝に溢れし神国生活の尊き姿を思うべし。  心を開き幸福を感受し、自らの中にて更に練り上げ、他へと伝え及 ぼして行く べし。天道因縁解消の道にして、険しき難もあれど、其れを乗り越 え、進み行け る幸福をも感ずべし。汝等の心が道の幸福を育てるなり。神国伝道 にて限り無く 広がるを期待す。 

道の前進と共に大いなる成長を遂げ行くべし

  三天主考 令和7年9月26日   飛躍成長の為には努力も必要   好機を掴み行動する事も必要   日々の行道に其の糧を得ては   道の前進と共に大いなる成長を遂げ行くべし  道を行ぜば大変なる事も多きなれど、感動溢れる体験等も実に多し 。其處より 何を感じ学び、自らの前進の糧と為して行くかが大事なり。感化は 其の後の前進 の元となり、力となるなり。  様々なる道の場面にて感動感化を得る筈なれど、其の行道に如何な る影響を与 えるものとならんや。其の時心が動かされ、天道の素晴らしさを改 めて感じると も、其の時其の場の自己を満足させて終わりと為しては居らぬや。  後の行道姿勢や新たなる歩みに、大いなる力を得られる好機と為す なれば、凡 ゆる講話や体験は功徳となりて活き輝く事となるなり。大事なるは 好機と為すか 否かであり、其れを確実に物にするか否かであるなり。  道の感動感化は、大いなる縁を開拓し拡げ、更に救いとして伝わり 行くべき力 なり。是れ等を自らの内に閉じ込め、壁の中に輝きを秘める丈では 勿体無し。共 有し高め、神国伝道の力と為して動き、現す事が求められるなり。 多様なる感動、 生ずる感激、誠より感謝、其の伝播が神国を拡大するなり。

日々が大いなる好機なり

  三天主考 令和7年9月19日   本来徳は積み難し   末世の中 因業の清算は厳しきなり   道は因果を収め功徳を表し 救いを為すなり   其の生き様を示すが天道人なり  徳高きが故に道に縁あり。是れは或る意味正しくも、道の門戸が大 きく開かれ し今にありては、必ずしもそうでは無きなり。普渡の時代に縁あり し者達は、徳 の有無に関わらず道の縁を得る事能うなり。  道を得て其の後の行道に精励せば、大いなる功徳を積む事能う。是 れ間違い無 き事であるなり。然らば、自らは道にありて日々功徳を積みて居る であろうか。 逆に功徳を削り浪費しては居るまいや。  道にあれば如何なる時も積徳の場へと化す事能う。然れど、自ら徳 を積みて居 る者は思いの他少なし。好機を活路と為して開く歩みは為されたる や。伝法の好 機に巡り遭うも、其れを見逃がしては居るまいや。  徳は自身の立てたるものに無く、祖徳が結集したるものなり。道に ありて歩み 修める事能う奇蹟、善行を為して徳と為し、祖霊に還元出来る奇蹟 、無から有を 生ずるが如く、無上の幸福を与える事の出来る奇蹟、其の素晴らし き環境にあり て、己れを活かせぬは誠に勿体無し。  日々が大いなる好機なり。器を磨かば未来の救いの土台とならん。 欲念に溺れ 自らを見失わば、一族の未来を閉ざす事に繋がるなり。如何なる事 にも活路を見 出すべし。己れの進む先、為し行く目的を明らかにし、其の一歩を 築くべし。道 の光溢れる未来を拓く歩みは、當に其處にあり。 

常に道と共にある事を自覚すべし

  三天主考 令和7年9月16日   道に対し初心を忘るるべからず   初心とは感動であり 又感謝でもあるなり   是れを持続する事が行道を深め   信を高め 大命を遂げる力を生まん  天道の素晴らしさを解しては、より行道に積極的なる姿勢を為すな り。其の心 は一時のものなるや。永続的なるものとなるや。道に対する信念有 れども、時と して我欲や因縁等は其の光を覆う場合もあるなり。 道への信は確かなるものなれど、其の心は揺れ時として道ならざる 方へも動く 事とならん。  其の時に己れを制し、正しめる力は有りや。是れ無き なれば糸の切 れた風船の如く宙に舞いて消え行く事となりかねず。 道を得た後に道を修め、命を全うする事は簡単に非ず。道の初心を 何時しか忘 れ、己れの志が保たれなくなる者少なからず。  道を修めるに常に自 己を修めるを 要す。道の初心を保ち続けるを要す。真摯に道に取り組まば感謝を 忘れず、道へ の奉仕精神を失わず、道を伝えたいという心を失わず。  常に道を共にすべし。常に道と共にある事を自覚すべし。背負いし 命を明らか にし、今大道に一族を代表して、立ちたる信念を発すべし。道を共 にせば、得ら れる光は汝を守りより光らせ、其の命を益々高める事とならん。 

天道行道せば感応あり

三天主考 令和7年9月12日   天道行道せば感応あり   其れを得て 更なる志と共に行ずるなり   道の良き感応を得んと欲さば 是れ行ずる事なり  常に道はあり。如何なる時も行道なり。聖凡一如にして其の壁は消 ゆる。如何 なる時も道と為さば、道を伝えるも自然と為される事とならん。則 ち日常に合わ せ、時流に応じ、相手の気に添うが如く道の光を届け行くなり。  行道とは狭き範囲のものに無く、凡ゆる處が其の舞台にして、己れ の凡ゆる言 行も其れに通じるものと為し行く事が大事とならん。只、道は伝え んとする者の 心より伝わり行かん、発せられ届けられ行かん。  救わんとする気持ちを持たねば善縁は救いに届き難く、真心込めて 為さざれば 道の素晴らしさは伝わり難し。則ち相手の感応を引き出す事が大事 であるなり。 道を為す己れの姿は常に見られて居るなり。感謝、感動、幸福感と 共に日々あり て日々の道を為したれば、周囲に伝わるものは思いの他大きいもの とならん。  感じる天道、信じる天道、様々なる見方、感じ方はあろう。道の素 晴らしさは 無限に広がりて、世に見せられ伝わり行くものなり。其れを示す行 ずる天道あり。 己れを以て見せ、感じさせ、施し行く道の光あり。其の力を益々高 め、皆の力と 融合し、凄い天道と為し行くべし。 

神国を見せるは救いを見せる事

  三天主考  令和7年9月9日   救われし霊性は何處にありや   己れの内にありて 本性としての光を外へと放つや   将又(はたまた)魂魄に覆われて閉ざされるや   道を得て 覚醒したる己れを以て救いを証すべし  世は末難にして、象の世にありて其の影響より免(まぬが)れる事 は出来ず。 魔や様々なる負の因縁は己れを心の平安より遠く離れさせ、天縁を 薄くするもの となり行かん。  道を得れば霊は理天に直結したるも同然なれども、其の事を如何程 の者が実感 し、日々を生きて居るであろうか。其の心に救われし霊の喜びは溢 れるや。真な る幸福は躍動するや。魂魄の生ずる負なる力や感情に由りて、覆い 隠されては居 らぬなりや。  道を得し者と未だ得ぬ者の間には天地の開きがあるなり。然れど、 是れ外から 見て、仲々に見え難く感じられ難し。見える者丈が見えれば良きや 。自らの光を 何時迄も封印しておく事で良しとする勿れ。神国を見せるは救いを 見せる事にし て、自らを如何に為し見せて行くかが重要となるなり。  見えざる霊、其の光を映す心を大開すべし。其の心を以て道を行じ 、救いを為 し行く己れを大動させるべし。己れは道の光、其の救いの光を宿す 者なり。外か ら見て道と分かる者となるべし。  徳を為し自らを修め、悪因を為さず和し、他者を思い遣り、正しき 人の道を以 て救いの道を明らかと為すべし。道を得たる者として相応しき言行 の者となり、 道の光を憧れのものと高め行く事が益々求められん。 

信徳を以て道を伝え 人霊を導き 徳の世を創り行くべし

三天主考  令和7年9月5日   徳は天に通じ 道に通じ 人に通ず   徳を欠きて 天意は知り難く   道は修め難く 人は修め難し   徳を以て萬事を収む  徳は一朝一夕に成らず。故に、常に努力を以て重ね行くを要すなり 。徳は失い 飛散するに早し。故に、積み上げし功徳も是れ決して安泰ならず。  人として修める徳には様々あれど、信の徳は、其の中心を為すなり 。信無くし て、無形なる處を証する能わず。道を伝え、救いが渡される事成ら ず。人と人と の和や信頼も築く事能わず。  信は、特に修めるべき中核にして、失い崩してはならぬ要なり。道 にて築き上 げし其の信は、歩み歩み乗り越えて培われしものなり。道の歴史の 中で、長きに 亘りて育てられ、温められ、継承され来たる財産とも言えるなり。 一時の道乱に て一切が崩壊する苦き歴史もありたり。然れど、道を志す者達に由 りて、何度も 復興は為され、失われし信は、今大きく救いの力へと成りて、世に 出んとするな り。  故に愚行や失敗など、今迄築き上げられし道の財産を失わせる事あ りてはなら ず。信徳を以て道を伝え、人霊を導き、徳の世を創り行くべし。汝 等の地道なる 行道が、當に大いなる力となり、果を生まんとす。徳を高め、徳を 以て感化し、 天道の大いなる救いを世に見せ現すべし。 

日々の行道で共に高め合い、成長し行く者達であるべし

三天主考  令和7年9月2日   道の中に生を見出す者達   道の中に生かされし者達 道の中に活きて居るや   道の光は様々あれど    活き活きとせし者達の放つ光は    大いなる導きの力とならん  救われしもの、救わんと志す者、大いなる積徳の場が天道にあり。 自らを高め、其の輝きを増し、萬霊を救う聖業が目の前にあり。無 限なる徳積みの機を前にして、己れは其れを自らのものと出来て居 るであろうか。  大きく輝きて未救の心を照らし出す時にあり乍ら、其の心の火は燻 (くすぶ)りて鈍(にぶ)きものとなりては居らぬや。 先ず道の中に生きるべし。道の中に自らを活かすべし。其の光が次 に他に生きる道を与えるものとなり、他の輝きを活かす者となり行 くなり。  道の中に己れの力は発揮されて居るなりや。潜在的なる能力は、未 だ深き處に在する者多し。其の力を覚醒させ道の力と為すべし。以 て光となり救いの力となるなり。自らを活かせねば他を活かせず。 又、他を活かす事無くして真に己れを活かす事にはならず。  道の楽しさややり甲斐、其の充実感は、活かす事を以て得られる功 徳の果とも言えるなり。道を活き活きと歩む姿は當に神々しく陽の 氣に満ちるものなり。歩む姿勢や道に対する真心信念も又、 是れに由りて培われるなり。日々の行道で共に高め合い、 成長し行く者達であるべし。共に歩み共に輝き、 其の光を更に内外に拡充させるべし。  

道に対する誠や信念 道の目的に向かう大志が今當に求められん

三天主考 令和7年8月29日   何を思いて日々を過ごすや   何を願いて道を行ずや   其の心は未来に繋がりて 救いを開くものとならんや   日々の自らの姿勢を正し 救いたい其の想いを定むべし  救いが大開せども、道は得難く有り難きものなり。此の事を忘れれ ば、道の本 質を失う事にも繋がるなり。道を行じる事能うは最も尊き行いなり 。然れど、何 れ程に其の有り難さを感じ乍ら道を歩みて居るであろうや。救いを 伝え導く事が、 何れ程に素晴らしき事であるかを見失いては居るまいや。  日々の行道に如何なる思いで接し、何を目指して為したるや。為す べき事に忙 殺されて、道の本来の目的が見えなくなれば、何の為の行道か分か らなくなるな り。  如何なる思いで道に集い、道を行ずや。其の根本は折に触れて大切 に温め、思 い返し、信として高め育てて行かねばならぬなり。又、如何なる願 いを持ちて道 にありや。全てを救わんとする其の志が深ければ、日々の己れの生 き様や道に向 かう姿勢、道の未来を拓かんとする力として出て来る筈であるなり 。道を代表し、 世に道を明らかに顕さんとするなれば、其の志が大いに問われる處 となるなり。  道に対する誠や信念、道の目的に向かう大志が今當に求められん。 其の力が時 代を拓き、人霊を導き神国を創造す。常に自らを反省し、あるべき 姿へと整え、 道を世に現すべし。

人生は学びの場 霊を磨く場なり

三天主考 令和7年8月22日   学びを得れば 己が身となり    新たなる志となり 次なる一歩とならん   己れは何を学び 何を得て   何を為し行く者とならんや   日々道より其の糧を得て 成長すべし  人生は学びの場であり、霊を磨く場なり。故に日々何かを学び、霊の成長を得る事が求められるなり。漫然と生きて居れば機会を失い、貴重なる時を無駄にする事となるなり。 自らは、今に至る迄に如何なる生き方を為し、何を学びて己れの生き様と為したるや。様々なる無駄や失敗と思われる事もあるであろう。然れど今の己れに至るに、必要なる事でありたる場合多し。今の己れの土台となりて居る事に違いは無し。  過去を振り返りて反省し、新たなる前進へと繋げるなれば、成長の糧となるであろう。然れど失敗を何度も繰り返すも、成長無く前進出来ねば、何時迄経つとも本当の目的へと進む事は出来ぬなり。  道の中に様々なる学びや悟りあり、貴重なる経験あり。其れ等を得て自らは何の様に変化し、成長する事が出来たるや。真に得るべきものを得て、進むべき歩を踏み出したるや。学びの場を大いに生かし、積徳の場、伝道の機、救霊の道運を更に大きなものと為すべし。  道に生かされるべきは、夫れ夫れが学び得た果であるなり。其れ等が集まりて皆の刺激となり、成長の更なる学びとなりて周流せば、更に大きな積徳滅業の循環となり行かん。大道に、更に智仁勇を集め、未来を拓くべし。

道を歩むは一人に無し

三天主考 令和7年8月12日     聖業は困難なれど 道を歩む心は明るし  自らが見せる天道は   困難なる道なるや 明るき道なるや  今神国伝道にありて 凡ゆる困難の壁を破るべし  様々なる難を乗り越えて道に出會いたり。道を得ては又、様々なる難に向き合わねばならぬなり。末世の難然り、自らの因縁因果然り。行道に於ける様々な試練然り。道を歩み道運を開きて、多くの難を是れ迄に乗り越え、克服して来た道の歴史あり。其の中で自らは何を得たるや。自らの因縁は何れ程解消出来たるや。  様々なる試練に由りて己れは何れ程磨かれ、成長を成して来る事が出来たであろうや。未だ道の途中にありて、夫れ夫れに課せられしものもあるであろう。様々なる苦や試練の中、己れは如何なる姿にて如何なる道を発して居るであろうや。  道の厳しさや難しさが前面に出れば、険しき道、歩み難き道が伝わる事となるなり。困難に打ち克ち試練を乗り越え、因縁を解消し成長したる己れの姿を見せる事能うなれば、道の素晴らしさ、救いの如何なるかを示す事能うなり。當に今、其の陽の氣が更に求められて居るなり。  憧れの神国人である為に更に自らを修め、成長し行くを要すなり。困難あれば互いに助け合い、苦あらば其の元より救い導く頼母(たのも)しき同志であるべし。道を歩むは一人に無し。共に歩みて凡ゆる難を幸福に変えるべし。

節目を越え次なる段階 更なる成長を共に得るべし

三天主考 令和7年8月8日   山を登りて 其の先に続く道あり   節目を乗り越えて 成長する姿あり   道の一つ一つの山場を通じて   如何なるものを得る事能うや   如何なる成長を遂げる事能うや  天道の行事の内、護摩壇は誠に大きな意味を含み、天道を外へと表すに重要なる位置を占めるなり。様々なる人霊が集いて護摩を如何に感じ、天道を如何に得る事とならんや。   同じ炎なれども、見る者に由りて、其の感じ方は違うなり。或る者は救いを感じ、安らぎを感ず。或る者には滅業を感じ、又、或る者には畏怖を感じ、自らを正す場ともならん。又、或る者は祭りを楽しみ、或る者は中に入る事も出来ず、外から眺め乍らも、其の光を頂くなり。  護摩壇には、様々なる人霊の祈りや願い、欲望、欲念も混り合い乍ら、天命の許で夫れ夫れの段階に応じた御蔭を得る事が叶うなり。  陰徳を高める人霊もあれば、陽徳なる御蔭を貰う者もあり。様々なる気質や段階の人霊が集う場にありて、道は如何なるものを与え、其れ等を導かんや。  大道は無限の器なり。無限の救いなり。中心天命の光を目指す其の導きを施すべし。次なる段階、更なる成長を共に得るべし。  護摩供を通じて、夫れ夫れ得られしものを糧として、更なる道の歩みを為すを要すなり。故に其の力を得るべし。道の救いは汝等を成長させ、昇霊させ、道の更なる未来へと誘うものなり。節目を越え、更に高き信を持ちて、共に道を歩み行くべし。

得道したるとは言え、伝道未だ終わらず

三天主考 令和7年8月1日   伝道は道を伝える事   得道に導けば 伝道は完了と言えるや   道を伝えるは誠に奥深き事   実の感動感化を以て 或いは研参を通じて   道を更に伝え 学び 皆のものとすべし  得道は究極の救いであり、其處へと導くは行道者の悲願とも言えるものなり。然れど、得道を目指し、得道に導きて、其れで目標を達成し満足してはならず。道を伝える事が出来たるは幸いの極みなり。然れど、道の如何なる部分を伝え又、相手は道の真の大事さを如何程得られたであろうか。  道を歩みし道親達も如何程の道を得て、其れを伝える事が出来て居るであろうか。道の素晴らしさを伝えるなれば、其處より行道の志が生まれる事も多し。更に道の奥が伝わるなれば、其處より強固なる信念が生まれる事となるであろう。  道を如何なる時も己れに宿し、己れを通して伝え導き続けるべし。得道したるとは言え、伝道未だ終わらず。道を共に歩みてこそ得られ分かち合い、更に知る領域あり。道のやり甲斐、生き甲斐を得たる者達よ、其れを如何にして伝え、導く事が出来るであろうか。己れが得し感動の一切を、如何にして与える事が出来るであろうか。  素晴らしき故にと押し付けるとも、逆効果となる事多し。人を導き感化させるは簡単では無き事多し。然れど道は深し。凡ゆる角度より萬霊を包む程の力有り。其の道を自らに得て、凡ゆる人霊へと及ぼす者達となるべし。

己れは生きて居るや

三天主考 令和7年7月29日   何故に世に現れ 此の時に生きるや   何故に苦しみを背負いて 何に向かいて生きるなりや   生かされて汝有り 生かす為に汝有り   道を知りて見える世界 進むべき處は明らかとならん  同じ世界に生きるとも、見える物事は人夫れ夫れに違うなり。同じ環境に身を置くとも、夫れ夫れに感じ方は異なるものなり。一方で極楽の様に感ずる者もあれば、耐え難き苦しみの様に感ずる者もあるなり。同じ世界に生きる様に見えて、全く異なる生を歩むが萬霊の姿と言えるなり。   夫れ夫れに異なる運命を持ち、背負う因縁も様々なり。霊の視点に立つなれば、修行の段階が異なるとも言えるなり。多くの霊は夫れ夫れの運命に従いて、夫れ夫れ進み行かん。人であれば夫れ夫れの生き方を為し行く事となるなり。  己れは生きて居るや。如何なる方に向かいて其の生を修めんとするや。是れを正すには、己れが生かされて居る事を悟る事が大事とならん。因ありて果あり、縁ありて其の先の未来あり。己れを生かすものの存在を知り、己れが如何に為すべきかを判ずる事が必要とならん。  然れど多くの場合、其れを明らかに悟る事出来ず。頂きたる尊き生を正しく全うする事は出来ず。己れは如何なる世に生きたるか、其れを正しく見抜きて自らを正すべし。道を得た事に由りて開かれる運命あり、見える世界あり。是れを追求すべし。  生かされたる己れを更に知り、更に感じ、自らの心を変え行くべし。心が変われば見える世界も又、変わるなり。生かされし己れ、何の為に生かされたるや。其の答えも又道の中にあり。是れ生かす事なり。  即ち救いを伝え、真の幸福を多くに及ぼす事なり。萬霊が夫れ夫れに見て居る世界、生きて居る世界に光の道を開き、進むべき目的を与える事なり。道を知り、道を志し、開かれ行く真の生を確りと己れのものとし、是れを離さず大志を起こし、進み続けるべし。

道を代表し、世に示す者となるべし

三天主考 令和7年7月4日    天道即人道 人道無くして天道を語れず   人道即天道 人道を極めれば其れ天へと至る  天道の大目的は救霊にあり。然らば救霊に一点集中し、其れのみを為せば良きや。救霊とは霊を導きて天へと救い返す聖業にして、是れを為すに行道者の器が大きく求められる處となるなり。  天道は修性を大事とす。自らを修め、人の道を正し以て魂魄を浄化し、霊性を磨き霊としての成長を為し行くなり。人として世に降されたるは、人としての道を修める為であるなり。是れを忘れて大目的へと到達する事はあり得ず。人として如何に修めるべきであろうや。  天道人は道を示すにあり。人を見て道を示すや。道より離れさせる事とならんや。人としての道を修め、積むべき徳を養うを要す。本来是れが天に帰る方法となれり。神国人なれば神国を創り見せる立場なり。則ち是れは天道の目的の一つ治世と言えるなり。人成らずして徳の世は成らず。徳の世と成さば人の道は広がり、救霊も更に活発となり行かん。  道を歩みし者達は五聖を体現し、五常八徳を有して大道を示す者でなければならず。道を代表し、世に示す者となるべし。其の為に欠けたる己れあらば是れを正し、人として美しきあるべき霊性の己れを養うべし。道を歩む其の道とは、天の道にして人の道なり。

道の絶対なる救いを思うべし

三天主考 令和7年7月2日   救いの道は様々なる形を以て 象の世に具現せり   大道の真理は如何なるものか   道を自らは 如何に見て示し行くのか   萬霊へと道を照らす神国人たるべし  濁りし河川も其の上流は清し。汚れし霊も元なる性は美しきなり。道が象へと現れ様々なる處へと救いが延びて行く中で、如何なるものを道として見せ感じさせ、見られて居るか解する事も大事とならん。  水清くして魚棲(うおす)まずと謂われるなり。然して道は如何なる形を以て、衆生迷霊の處へと伝わりたるや。其の末端にありて、天命の光が歪(ゆが)められ汚されるなれば道となり難し。大事なるは救いに繋がるか否かなり。道の絶対なる救いを思うべし。  自ら感じたる道は其の内の何れ程のものなるや。又自らが説き示したる其の道は、天命の光、救いの力を何れ丈含みたるものとなるや。又自らより伝わりし道は、何の様に捉えられ、如何なる感化を与えるものとなりて居るや。  道の光が広がり縁が拡大する程に、其の元、源流を思い、其處へと萬霊を率い、大道の大道たる處を示し行く事を要すなり。道の広がりは救いの広がり、善縁の広がりは神国の広がり、是れを真に為し多くを導きて、救世主を育てるべし。

道を得て共に歩む仲間を大事にすべし

三天主考 令和7年6月27日   行道は決して一人にて為せるものに非ず   集い 力を合わせ 和して為す事に由りて   磨かれる己れあり   成長し行く己れあり  道を伝え、霊を導き、天道の発展を願うなり。是れ行道者なれば当然有する事なれど、如何にして為し行かんや。行道は一人にて為さんとせども決して成らず。道の発展を願うとも、是れ独力では如何ともし難く、他力を待つとも是れ自らも加わらねば、大きな力を発する事能わず。  故に道を為さんとせば集うべし、和すべし。和するは原点なれば、其處より生ずる大いなる力を生かすべし。例えば、道の発展の為に良き案が一人では仲々浮かばぬも、集いて話し合い又、共に行じる中に良き案が己れより又、他より生じる事あり。又其れを受けて次なる展開が見えて来る事多し。  以て智力は養われ、和より救いの妙案として生まれ、霊団も融合し一致協力して進む事が可能となるなり。和より生み出されるものは更に多し。道の楽しさも然りであるなり。皆の力を以て困難の一切を克服し、大いなる自信や達成感にも繋がるなり。陽氣を生じ、地上餓鬼の如き陰気を浄化す。  道の未来、神国のあるべき姿を感じ、目標に向かいて共に進む力を高め行くなり。天道の素晴らしさや奇蹟等を共有し、霊力を互いに補い合い、前進の勇気、気力を養うなり。道を得て共に歩む仲間を大事にすべし。更に和を深め、其の輪を大きく為し行くべし。道は是れ大道、大道と為さしむるが和の力なり。

道を行ずるに徳を修むべし、徳を施すべし

三天主考 令和7年6月24日   積徳は 自らに徳を抱え込みて   為されるに無し 施しを以て成らん   滅業は 自らより邪を排するを以てせず   自らの内に融和し 浄化し 以て成らん   大道行道は深し  天道が世に降り、徳を縁を導きて理天に通じさせ、更に時代と共に救いの門戸は開き、今萬霊を救済する段階に至るなり。救いの道に人霊は何を求め来(きた)らんや。道に何を願うなりや。人霊の願いを導き幸福へと導くは、是れ徳なり。  道の中に有徳の人霊ありて又、積徳滅業を為す者達ありて道の救いの力は現れるなり。道にある人霊の徳が無きなれば、如何にして未救を導き救う力は生ずるや。一切の魔を浄化し聖へと転換し、神国を広める力は當に汝等の修める徳にあるなり。  道に五施と呼ばれし尊き施しあり。是れ等は徳を積むものであり、同時に施すものであるなり。夫れ夫れの有せし徳を道に生かすを以て救いの力と為し、以て是れ陰徳として周流し、幸福の陽徳として神国に現れるなり。  道を行ずるに徳を修むべし、徳を施すべし。以て是れ神国天道の力と成らん。日々生きるに悪業の因縁を為すに無く、道に繋がる有徳の生き方を為すべし。以て善縁は生まれ、悪因縁は解消へと向かわん。神国の中に大いに積徳が為せる幸福を伝えるべし。

衆生を照らす汝なり、救いへと導く汝なり

三天主考 令和7年6月10日   道は無の如く又 同時に無限であるなり   無明(むみょう)なれば見る事能わず   無限なる光と為すを要す 其の光となるべし  天道の救い、其の偉大なる光を如何にして現し世に示し、衆生萬霊を照らし導くや。道はあり、神国はあり、救いはあり。然れど、伝わらねば是れ無の状態に同じなり。何故に道は伝わり又、何故に道は伝える事侭ならぬものとなりや。何を以て光と為し、人身を照らし導くものとなり行くや。  道を宣べ伝えるは人の使命なり。霊の無形を美しき心と現し、徳の行いを以て形へと為し行くなり。道は人に由りて広められ又、人の不徳あらば人縁は去り、消え行かん。道の光を増幅させるも減衰させるも是れ人の為せる處なり。無に動かぬか、無限に広がり行くか、是れ人の力に由るなり。  道の救いを受けし者として、其の光を常時携(たずさ)え、精氣の順行、徳の行いを以て道を示し続けるべし。衆生を照らす汝なり、救いへと導く汝なり。其の自覚が汝の霊気を高め、道の光を増幅させるなり。

天道の素晴らしさは無限の如し

三天主考 令和7年5月9日   天道の偉大さを知る故に大志を発す   天道の救いを己がものとする故に信念を強くす   道の感動を自らに抱かば   是れを伝え 救いを広げるべし  天道の素晴らしさは無限の如し。然れど、是れ世に現れる事無くば無の如し。自らの内に大宇宙の如き道を蔵すとも、其れは外へと生ずる事難し。自らの信と為し大志と為し、道を体現せんとすれども、如何程の光を外へと発する事能うや。  理は無形、象は有形、其處を繋ぐは気であるなり。無より有を生じ一点より萬物を生み出す力、道を歩み修め五行を順(ととの)え、霊を動かし導く力を制すべし。  気には沈むものもあれば浮くものもあり。己れの発する気にも時や場合に応じて様々なる変化あり。己れの内にある無限なる道の素晴らしさを、内なる處に留め封ずるに無く、自らの気力をして外へと現し、神国の象へと波及具現させるべし。  道の素晴らしさを霊心体に宿し光と為し、感化力と為し救いの力と為すべし。神国に満つるべき氣とは何なりや。神国人が生じ発する陽の氣とは如何なるものなりや。是れを起こし培養し、皆で高めれば精霊の順行は全し。得たる道の救い、天命の偉大を真に自らのものとし、己れより発し周流させるべし。

最高なる救いの道具となるべし

三天主考 令和7年5月2日   歩み行く生は道なり 道と為さば人として成長し   霊として磨かれ 天命の許に救いを発す   因縁の鎖を断ち斬りて道を修め   大志を大いなる聖業へと為すべし  道を歩む姿勢とは如何なるものなりや。己れを正し悪しき處あれば是れを改め日々成長し、其の過程にて因縁を解消し行かん。己れを修めると同時に道を伝え広め行く事が、道を歩む事であるなり。其の姿勢は如何にあるべきや。  自らを正す、是れ誠に重要なる事なり。自らに向き合う修性と共に他に接し、因縁を浄化或いは純化し、凡ゆる縁を道の良縁善縁へと化して行く事を要すなり。其の為の心や姿を更に確とする事が求められん。  日々の生活も常に行道の内にあり。此の事を如何程自らのものと為せるかが重要なり。日々の己れを正す中で、前進成長の糧を得て器を高めて行く事が必要なり。日々より得る者と得ぬ者とでは、成長に大きな開きが生ずなり。  日々最高なる行道の環境の中に居乍(いなが)らも得ぬ者に成長は無し。道を歩む其の心をより深めるべし。以て最高なる救いの道具となるべし。精霊が順行するが如く、自然と大道の陽氣や救いの光を自らに満たし得たものを、他へと伝え施し導く者達であるべし。

己れを活かし人を活かし霊を活かすや

三天主考 令和7年4月18日   一なる救いなるも 積徳の法は一様ならず   是れ無限であるなり   積徳の法を知りて行道あり   如何なる處に己れを活かし    人を活かし 霊を活かすや  多くの霊層がありて性質を異にするが如く、人にありても其の質は様々なり。今は道の救いが大開し、凡ゆる人霊を迎え入れ、一なる救いへと導き、夫れ夫れの特性に合わせた積徳の方法が開かれ、其れは多岐に渡るものなり。  何を以て自らの得意分野とし、其れを大いに開き活かし、道の縁を拡大し、救いに繋げ行くや。夫れ夫れに使命あり。其れ等を天職と為せる様、積徳へと昇華すべし。道の広がりは、今後更に様々なる方面より為され行くであろう。  未だ拓かれぬ縁もあり。未だ活かされぬ天命の働き場もあり。神国が広がるにありて、其の未開を拓き、大いなる積徳の機を確立し、其の分野の先駆者となる處は幾等でもあるなり。自ら得意とする處を道に活かすべし。天命の一点へと繋げるべし。大いなる積徳と救霊へと為し行くべし。  是れよりの大道の広がりに向けて、様々なる可能性を開き、救いの縁を具象化する事が求められん。己れを活かし、繋がる縁を道の縁へと為すべし。

人の道を明らかに示すべし

三天主考 令和7年4月1日   天道 其の道は最も古くあり   又 最も新しき道にして萬物の真理なり   同時に人の本質を示すなり   道 是れ天に通じ人に通ず   人の道を明らかに示すべし  無形の天の道を形に示すは有形の人の道なり。人の道が成らずして、天道の天道たるを示す事能わず。絶対なる救い、究極なる一を示すに、人の道を外れて是れ為せず。人は無論不完全なるものにして、其の器は幾等積徳を為すとも未完成なり。  然らば如何にして完全無欠なる道を示すや。其の道となれるや。不完全なる故に前進の努力あり。補わんとする心あり。不完全乍らも光り輝く人道の徳あり。完全なる故に良き感化が起こるに非ず。人の道は深し。其の修めの大事を知るべし。  人の道を外して天道は歪められ傷付けられるなり。争いが生じ不和が起こり、疑念も発生す。圓かなる道、大和なる道、是れを表す人道の歩みを為すべし。  汝等の其の歩みが地上に天の道を降し、神国として栄えさせるなり。美しき心を以て道を歩み、其の性を其の命を修めるべし。

常に見られ 試され判ぜられて居る事を知るべし

三天主考 令和6年3月29日      救う者として常に見られ    試され判ぜられて居る事を知るべし   己れの今が周りを助け 霊を良き方へと導き   救いに繋がりて居るかを思うべし   常に自己を磨き 救う者の器を養うべし    如何なる時も是れ救霊や積徳滅業、霊格を養う好機であるなり。不運なる時も試練の時も苦しき時も逆風なれば尚の事、其の機を意識する事が大切であるなり。重き使命を知り、救うべき多くの人霊を知り、立ち上がり前進せば、大いなる果を得る事能うなり。  試練より逃げて成長は無し。苦しみあらば其れより学び、乗り越える努力をして成長を掴むべし。常に周囲にある好機を掴む者となるか、見逃がす者となるか、是れ試されたる處となるなり。自己の姿を時に客観視し、神佛より如何に映るか、先祖より如何なる期待を添えられたるか、未救の者より如何に見られたるか、神国の同胞より如何に頼りにされたるかを思うべし。  成長の余地は、己れが気付けば気付く程に幾等でも広がるなり。自らが自らの限界を作り、成長を拒みて居る事を知りては是れを打ち破り、弛(たゆ)み無き前進を為し行くべし。大いなる好機に道にある事を忘れる勿れ。

自信を持ちて道を伝える者であるべし

三天主考 令和7年3月28日   道への信は常に問われるものなり   故に己れを反省し   信の土台をより固め行く事を要すなり    其の信が表へと出たる時に   真に救いの光となるや 否や   其處を振り返りて 己れを高め行くべし  道を志す者は信の大事を知るなり。信無くして道を遂げる事無く、命を果たす事能わず。又、中心なる徳を修める事能わす。信を不動のものとし、又強きものとして己れの土台と為すなり。  其の信念、如何なるものとなりて己れを支え、又動かすや。信は己れの内や奥底に秘められるものなりや。或いは積極的に動きて表へと現れるものなるや。様々な信ありて個々の生き様あり。道への強き信も他へと強制するものとなれば、本来の道を失う場合もあり。然れど自らの内に止まりて外へと発されねば、救いの力を動かす事は出来ぬなり。  道への信が問われる中で、己れの尊き信は如何なる力となりて外へと表れ、他に感化を及ぼすものとならんや。内に強き信を有するとも、伝える事無くして道の力とならず。悪き結果を怖れて信を封じては道は世に出ず。  自信を持ちて道を伝える者であるべし。育てられ、高められたる其の信を大いなる救いの力へと転ずべし。自信を持ちて伝えれば、信は伝播す。自信を欠いたなれば、感化力は生まれず、道の素晴らしさや其の凄さを知るなれば、信が求められん。伝える力が救いとなり行かん。

道を伝えるは感動を与え 感化を及ぼす事なり

三天主考 令和7年3月25日   救いは霊心体に得られるものなり   其の救いを霊心体にて感ずべし   得られし幸も感じねば 無きに同じなり   道を伝えるは感動を与え 感化を及ぼす事なり  得られし宝も人の感じ方に由りて、大小の差を生ずるなり。得道の絶対なる救いを得て、何を感じ、己れが如何に変わる事が出来たであろうや。行道を志し道を熱心に歩む者は、道より得たる様々なる宝を真のものと為して居る事であろう。素晴らしき道の恩恵を受けるも、是れを己れのものと出来ずは、道の大いなる救いを得るとも、是れを知らぬに同じなり。  霊にて得るも心に響かず、心開かれずして道の感動を得られず。又、形象に現れぬ為に知り難き者もあるやも知れず。道を伝えるとは誠に奥深き事であるなり。其の時に如何なる感化を及ぼす事能うや、感動を生む事能うや。  自らも又、日々の行道の中で如何なるものを得て、自らを感動感化する事が出来たるや。是れを生ずる者と生じない者とでは、道で得られる幸福感は天地の如し。自らに其の心の豊かさ無ければ、其れを他へと伝える事も又難し。  神国伝道にて伝え渡(わた)すべきものは多し。神国を伝える自らとなる様、更に道を己れのものとすべし。 

道の力を引き出す己れの力を高めるべし

  三天主考 令和6年3月1日      道にある無限なる救いを    如何にして引き出し 活かす事能うや   己れの内に眠りし真の力を    如何にして現し 活かす事能うや   道の力を引き出す己れの力を高めるべし  道の救いには理気象に渡る様々なるものがあるなり。導き方は無限の如くあり。人に由りても幾通りもの術を持つ者もあろう。様々なる得意分野を活かし、人霊を救いへと導く事が可能なり。然れば、汝等自身は如何なる方面より、如何なる術を用いて導く事能うや。  己れの導きに由りて救いに繋がるなれば、其れは己れの持つ救いの力となると言えるなり。道への導きは幾等でもあり。己れは如何なる處を得意とするなりや。其の様な力が未だ無きと感ずなりや。  救いの力は実践に由りて身に付き己れのものとなるなり。苦手として居た事でも場数を踏み、経験を積むなれば、何時しか其れ己れの力となり、得意な事と変ずるものなり。道への様々なる導きの法、感化の法、人を育てる法、其の他凡ゆる積徳の法を歩み為して、一つでも自らのものとすべし。  道は広く、又深く、未だ自らが知らず気付かず、目の当たりにせぬ様々な事があるなり。道の力を存分に引き出せる様日々を修め、道の中で己れの大いなる力を生み出せる様努めるべし。  苦手なるが故に避くるに無く、専門外なるが故に無関心なる勿れ。踏み出す其の一歩が、大いなる力の開拓と為す事あらん。

大道をより身近なるものとし 霊心体を以て歩むべし

三天主考 令和7年2月28日   吉なる時も ならざる時も 常に道を共にし生きるなり   道を感じ歩みては 自らを導き    常に大道の幸福の中に存する事能う   大道をより身近なるものとし 霊心体を以て歩むべし  日々を送る事は変化を続ける事なり。何気無き日々の中にも様々なる変化あり。大小様々なる変化の中で何に気付き、次の変化に向かうや。  日常の様々なる事も、道と繋げれば、良き変化あれば、何らかの加霊を感ずる事や先祖への感謝の念を生むものとなろう。吉では無き方に動くなれば、其處にも道を規範として自らを反省し正し、善縁へと転換させる方へと心を向ける事が出来るであろう。  己れに訪れる変化を見極め、常に道と共に修める事に由りて、周囲の人々や霊界の様子、又、世の中の動きも道を基として考える事が出来る様になりて行くなり。其處より大道の入口あり、神国の門戸あり、凡ゆる角度より夫れ夫れに合わせた導き方等を以て接し、大道に善縁を繋ぐ事能う。  故に先ずは己れ自身、更に道に向き合いて、大小様々なる事に於いても道を見出し、進むべき處を知り、成長という良き変化を為し続けるべきなり。其處に着実に救いを渡す力は備わり、因縁解消へと導く力も得る事とならん。道に接し、幸福に接し、人に霊に接し、苦にも接し、大いなる道に由る解決法を見出し与えられる者達となるべし。

神国創世の力を大いに動かすべし

三天主考 令和7年2月25日   絶対なる救いを得て    絶対なる信念を 己れのものと為すなり   其の信を以て道を伝え 救いを広めるなり   信の徳を大道の救いへと変じさせ   神国創世の力を大いに動かすべし  最高なる救いを得て己れあり。其の自覚を得て行道を為す姿あり。行道を為すに道への信念あり。其の信念が強き者は神国の中に多く在れども、其の信が如何に救いに繋げられて居るかを見れば、更に修めを要す處多し。  救われし己れ、其の内には真理の体得あり。己れの内に得られたものは、直接人に伝える事簡単ならず。知識や経験が豊かであるとも、天道の素晴らしさを伝えられる力とは又、別の場合もあり。如何にして道を伝えんとし、何を以て伝えを為さんとするや。  絶対なる救いは理なるも論に尽くされず、気を以て発し、相手の心に飛び込みて、人を動かす事を要すなり。救われし己れの光を相手に届ける事であるなり。是れを以て相手を感化し、或いは教化成全に繋げ、総じて徳化と為すなり。道への信、人徳としての中心なる信、其れを道の救いの力へと変えるべし。  言にて言い尽くせず、気を以てしても表す事出来ぬ大道の真なる救い、絶対なる救いを自らの徳を以て示すべし。教わりたる事のみを話すとも真理は伝わり難く、人を感化し難し。己れを以て道を伝う。相手を救いたいと願う真心が通じて、縁は成就するなり。大道を日々歩み、学びし諸々の事を自らの信とし、相手に合わせた良き導きを為し行くべし。

道を伝えるは幸福を伝える事なり

三天主考 令和7年2月20日   俗世の塵土に対して光を発する道の人でありたるや   巷間の偽りの幸せに埋もれ 陰に没したる者となるや   真幸を感じ 其れを霊心体にて発する天道人であるべし    幸福を得たるとも、感謝が無ければ其れ幸福に非ず。人の世は感謝を忘れ、足るを知らず、欲望は限り無く増幅し、次から次へと求めるも、未だ満たされる處を知らぬが如し。其の行き着く先は幸福に非ず、末劫の災禍であるなり。  道を得たる者達は、其の最高の幸福を如何に感じ、其れを己れのものと出来て居るであろうや。幸福が感謝となりて表れし處に道の修めあり、救霊の歩みあり、先祖供養も又感謝の行いであるなり。  道を道とし、其の真の幸を得たる者の心に安心あり、光あり、真の豊かさあり、救いの実感あり、以て感謝あり、そして行道ありて、其の行き着く先は泰平の世、最高なる幸福の天地なり。  人は是れ悟り難し、故に迷いの世であるなり。道を得たる者は、既に是の迷いを突破せし處にあるなり。故に真の幸せを掴み、己れのものとし、光を発し、陽気を発し、迷いし者を導いて行かねばならず。  満たされぬ苦しみの中に真幸を忘れる勿れ。感謝を忘れる勿れ。明るき心、幸福に満ちたる汝等の歩みが、世を救い未救に幸福を齎し行くなり。道を伝えるは幸福を伝える事なり。

救いを己れのものとすべし

三天主考 令和7年1月24日   天命の救いの偉大は 何を以て示されるや   天道の素晴らしさは 何を以て表されるや   道を歩みし者は 何を発する事能うや   形を以てありし己れの役割は 誠に大きなものなり  天道で得られたる絶対なる救いとは如何なるものでありて、其れを全きに受けし己れは如何なる未来を約束され、如何なる安らぎを得る事が出来たるや。其の未来の己れを想像すべし。以て今の己れは如何にありて又、如何に為さねばならぬかを悟るべし。神国の世は如何なるものであるのか、其の理想の姿を想像し、夢を膨らますべし。天道人の在り方、其處に集いて救いを得る者達の姿を想像すべし。  あるべき理想と今の己れの間に差を感ずなれば是れを埋め、理想へと近付く様努力を為すべし。大事なるは気持ちであり、己れの有したるものや発したるものが他へと伝わり、渡されるという事であるなり。陽の氣なれば陽の氣が伝播し、道の感動は理解等を超えて、其の本質を届けるに至るなり。天道の素晴らしさは筆舌に尽くし難く、道が伝わるは善なる縁にして、其の導きに由り開花され授けられる處多し。  陰に沈み、理想の道とかけ離れし己れの状態であるなれば、伝えるべき處は伝わる事無し。救いを己れのものとすべし。神国のあり様を己れのものとすべし。陽氣と喜びに満ち溢れるべし。以て伝わるは天道の素晴らしさ、神国の波動なり。道を歩みて充実せし姿、成長せし姿、道を皆と共に楽しく歩み、修める其の姿を以て萬民萬霊を化するべし。

道にありし者達は決して凡人に非ず

三天主考 令和7年1月10日   器を超えるものを容れる事は出来ぬが常なれど   天道の聖業は器以上の事を   為さねばならぬが常であるなり   其れ故に 夫れ夫れに求められる處は大きく   其の段階一つ一つを上がる事に由りて   得られる成長は大きなものなり  天道の聖業は凡(およ)そ凡人には考えも付かず、出来る事では無きなり。凡人の心であれば天命の職を担う事も不可能なり。力無き個々とは言うものの、道にありし者達は決して凡人に非ず。其の域を超えて本来持てる器以上の事を為し更に様々なる段階や、試練を乗り越えて格を向上させて居るなり。  道の救いは當に聖の極みと言うべきなり。其れを為さんとするに心が凡人の如くありてはならず。汝等は自らの限界を超え、壁を破りて大いなる命の許にあるなり。先ず得道、是れに由りて最高なる救いを授かりたり。自覚ある者は救われし事を知りて、己れの段階を大きく上げるなり。然れど自覚が無ければ心も器も凡人の域を出ず。自覚が己れを大きく変えるなり。  人格や品格は己れをしても如何ともし難き部分あれど、全ては自覚に由りて変えられるものなり。霊格是れ然り。己れの日々の悟りや其れに由る成長が救世主の器を育て行くなり。肉体を持つ有限の者の考えより、更に聖なる域へ更に大志を高め行くべし。又其の感化を以て人霊を導くべし。大道の器も限り無きものと広がりて、多くを受け入れるものとならん。

汝等の和が神国を大動させる力なり

三天主考 令和7年1月7日   良縁は相生して 徳を生ずるが如し   悪縁は相剋して 業を生ずるが如し   神国は徳を育て 因縁を解消す   其の源なる縁を 善なるものと為して和すべし  凡ゆる縁に囲まれて汝等あり。日々様々なる縁が生じ、其れ等の導きに由りて未来が作られて行くなり。良き縁に導かれれば良き未来が開かれ、悪しき因縁に阻まれれば本来行くべき處に辿り着く事無し。  世は因果の中に動かされ、築かれて行くものなり。大道の拓くべき處、進むべき處を汝等は知るなり。其れに向かいて悪業の逆風が存在するは避くる能わず。然れば是れを解消する力を持するべし。如何なる縁も救い導きて良縁と為すべし。汝等の徳が良き導きを為し、凡ゆる縁を道に繋げるなり。  良き縁に加霊あり。加霊に由りて徳は増し、自らの力も生き又、他を生かす事にもなるなり。集いたる人霊が共に加霊し合いて因縁を解消し、夫れ夫れの有する徳を力として発揮し、更なる善縁を広げ神国の力と為すなり。加霊の逆なれば、徳を奪い力を衰えさせ、縁を悪化させ、災いを呼ぶものとならん。汝等の和が神国を大動させる力なり