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救いを己れのものとすべし

三天主考 令和7年1月24日   天命の救いの偉大は 何を以て示されるや   天道の素晴らしさは 何を以て表されるや   道を歩みし者は 何を発する事能うや   形を以てありし己れの役割は 誠に大きなものなり  天道で得られたる絶対なる救いとは如何なるものでありて、其れを全きに受けし己れは如何なる未来を約束され、如何なる安らぎを得る事が出来たるや。其の未来の己れを想像すべし。以て今の己れは如何にありて又、如何に為さねばならぬかを悟るべし。神国の世は如何なるものであるのか、其の理想の姿を想像し、夢を膨らますべし。天道人の在り方、其處に集いて救いを得る者達の姿を想像すべし。  あるべき理想と今の己れの間に差を感ずなれば是れを埋め、理想へと近付く様努力を為すべし。大事なるは気持ちであり、己れの有したるものや発したるものが他へと伝わり、渡されるという事であるなり。陽の氣なれば陽の氣が伝播し、道の感動は理解等を超えて、其の本質を届けるに至るなり。天道の素晴らしさは筆舌に尽くし難く、道が伝わるは善なる縁にして、其の導きに由り開花され授けられる處多し。  陰に沈み、理想の道とかけ離れし己れの状態であるなれば、伝えるべき處は伝わる事無し。救いを己れのものとすべし。神国のあり様を己れのものとすべし。陽氣と喜びに満ち溢れるべし。以て伝わるは天道の素晴らしさ、神国の波動なり。道を歩みて充実せし姿、成長せし姿、道を皆と共に楽しく歩み、修める其の姿を以て萬民萬霊を化するべし。

道にありし者達は決して凡人に非ず

三天主考 令和7年1月10日   器を超えるものを容れる事は出来ぬが常なれど   天道の聖業は器以上の事を   為さねばならぬが常であるなり   其れ故に 夫れ夫れに求められる處は大きく   其の段階一つ一つを上がる事に由りて   得られる成長は大きなものなり  天道の聖業は凡(およ)そ凡人には考えも付かず、出来る事では無きなり。凡人の心であれば天命の職を担う事も不可能なり。力無き個々とは言うものの、道にありし者達は決して凡人に非ず。其の域を超えて本来持てる器以上の事を為し更に様々なる段階や、試練を乗り越えて格を向上させて居るなり。  道の救いは當に聖の極みと言うべきなり。其れを為さんとするに心が凡人の如くありてはならず。汝等は自らの限界を超え、壁を破りて大いなる命の許にあるなり。先ず得道、是れに由りて最高なる救いを授かりたり。自覚ある者は救われし事を知りて、己れの段階を大きく上げるなり。然れど自覚が無ければ心も器も凡人の域を出ず。自覚が己れを大きく変えるなり。  人格や品格は己れをしても如何ともし難き部分あれど、全ては自覚に由りて変えられるものなり。霊格是れ然り。己れの日々の悟りや其れに由る成長が救世主の器を育て行くなり。肉体を持つ有限の者の考えより、更に聖なる域へ更に大志を高め行くべし。又其の感化を以て人霊を導くべし。大道の器も限り無きものと広がりて、多くを受け入れるものとならん。

汝等の和が神国を大動させる力なり

三天主考 令和7年1月7日   良縁は相生して 徳を生ずるが如し   悪縁は相剋して 業を生ずるが如し   神国は徳を育て 因縁を解消す   其の源なる縁を 善なるものと為して和すべし  凡ゆる縁に囲まれて汝等あり。日々様々なる縁が生じ、其れ等の導きに由りて未来が作られて行くなり。良き縁に導かれれば良き未来が開かれ、悪しき因縁に阻まれれば本来行くべき處に辿り着く事無し。  世は因果の中に動かされ、築かれて行くものなり。大道の拓くべき處、進むべき處を汝等は知るなり。其れに向かいて悪業の逆風が存在するは避くる能わず。然れば是れを解消する力を持するべし。如何なる縁も救い導きて良縁と為すべし。汝等の徳が良き導きを為し、凡ゆる縁を道に繋げるなり。  良き縁に加霊あり。加霊に由りて徳は増し、自らの力も生き又、他を生かす事にもなるなり。集いたる人霊が共に加霊し合いて因縁を解消し、夫れ夫れの有する徳を力として発揮し、更なる善縁を広げ神国の力と為すなり。加霊の逆なれば、徳を奪い力を衰えさせ、縁を悪化させ、災いを呼ぶものとならん。汝等の和が神国を大動させる力なり