投稿

6月, 2024の投稿を表示しています

着実に世治しの聖業を現すべし

三天主考  令和6年6月14日   天道は如何なるものであり   如何に是れを世に現して行かねばならぬものや   天道人たる己れは何者にして   如何にあらねばならず 如何に為し行かんや   其の基と表へと現す處を確とするべし  天道は如何なるものか。真理より説くなれば一にして全、以て救いを表すなり。是れを如何に受け取り、感じ、信とするや。 道を得て其の真理を知り、或いは救いを感じて、自らに道の何たるかを刻むものなり。以て道を如何に世に示し、伝え行かんや。此の理気象の如き側面を神国として捉えるなれば、如何なるものとなるであろうや。  神国は如何なるものであらねばならぬや。其の理想や真理を先ず明らかとしたり。其れを當に今、気の側面より確固たるものと為さんとす。神国は世に如何なる形を表し行くや。其處へと進み、着実に世治しの聖業を現すべし。  神国人は是れ如何なる者でありや。神国の内に在る人なりや。道の救いを得た人なりや。神国人を真理として、如何に解すであろうや。救い行く者、救世主其のものと捉える者もあるであろう。  神国人として如何なる信を持ち、如何にあらねばならぬかを明らかとし、其れを形へと為し行くなれば、神国人の格は上がり、神国の格も又上がり、天道の格を本来の真理のものとして世に示す事となるなり。宇宙一家の心を有して日々ありや。美しき心を共に養い、道を伝えたるや。道の理を象へと表し、大命の救いをより拡大すべし。

着実な成長を遂げ行くべし

三天主考  令和6年6月7日   日々の道の歩みを通じて真に積徳を為し   着実な成長を遂げ行くべし   有限なる時や機 其の縁を大いに活かし   道を道とし 其の真の御蔭を得るが良し   道の大いなる救いを日々感じられる   尊き行道を為す者達であるべし  同じ環境にありて同じ様に生活するとも、同じ徳を積み、同じものを得る事にはならず。道にありても是れは同様なり。行道の場にありて、夫れ夫れの感じ方や器等に由りて、得られるものは異なるなり。一様に皆が悟り、自覚し、成長する事が出来れば、伝法や成全、行道の苦労は無し。  然れど、現実はそうは行かず。人に由りて得意とする處も、違えば苦手とする處も又違うなり。道を行じ、日々得られる成長の糧や功徳は己れにありて、如何なるものとなりて居ると感ずや。日々感謝や感動と共に道にあらば、得られるものは大きく成長を進む事となるであろう。不平不満と共にあるなれば、積徳出来る筈の場でさえも自らの心を汚し、罪を作る場となるなり。  大道の救いは無限なれど、人の中に壁生じては有限へと変ず。是れ様々なる因縁の中に如何ともし難き問題あり。日々の行道を感謝と真心で為す者は壁を破り無限へと近付く事とならん。或る物事も快楽と感ずる者もあれば、苦痛と感ずる者もあり。訓練の場で多くを学ぶ者もあれば何も得ぬ者もあるなり。  天道生命を素晴らしきものと為せるか否か、日々良き収穫を為し、徳を積み、幸福と救いを人の何倍も得られる者となるか、是れ道への心に由るなり。得られたる好機を真に活かし、道の恩恵を大いに受け、又、与え行く者となるべし。

天命の光を示し表す汝等の行いであるべし

三天主考 令和6年6月4日   天命ありて救いの道あり 天命無くば一霊とて救えず   天命有る此の道にありて 天命の許にありし己れは   如何なるものかをより強く定めるべし  如何に広き慈悲心を持つとも、神佛への信仰心を深めるとも、強き信念で信じたる先へと進むとも、天命無ければ其處に救いは無し。天命は一つにして二派無く、長き歴史の中で護り継がれて来たる救いの法灯であるなり。天命ある救い故に救いを伝える事が許され、聖業として未来を紡ぐ事が可能となるなり。天命の許にある故に其の力を発揮し、救い行く事が能うものなり。  然れば、天命の傘の中にあるなれば、如何なるものも正にして救いに繋がる事とならんや。先述の善心が無くとも、形のみで聖業と為す事能うや。天命の許にあるとは、只其の傘の中にあれば良しというものに非ず。天命の光を発する丈の夫れ夫れの努力等を要するものなり。其の役職も又天命なれば、其れに相応しき格を養うに要す。一つ一つの行道、是れ天命の許にあらんとするなれば信を要す、志を要す。又、養いたる徳も其處に大いなる力となるものなり。  大道に天命あり。其の天命の光を示し表す汝等の行いであるべし。神国を見せる事、象の世に現す事、是れ當に天命の光を表すと同じなり。其の心意気を持ちて道の代表者たるべく夫れ夫れが振る舞う事、是れも又、重要と申せるなり。天命ありて救いは実現す。其處に己れは如何なる関与を為さんや。天命を汚し、曲解させる者となりてはならず。道の救い、其の光を大いに高め、広げる者達であるべし。