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大道にて得られるものは無限なり

三天主考 令和7年10月17日   大道にて得られるものは無限なり   無限の中より己れにしか得られぬ天職もあり   夫れ夫れに使命を背負いて道にあり   自覚信念が大いなる扉を開くなり  道に出會いて同じ救いの宝を得るなり。後の行道にて得られるもの は、夫れ夫 れに異なるものであるなり。其れは待ちて得られるものに無く、自 らの立志と行 道に由りて天より与えられ、又自ら掴み取り、或いは人霊より認め られるもので あるなり。  行道を通じて自らは何を得て来たであろうか。得たものは何の為に 役立つもの となるであろうか。己れの小さき幸せに終わるものに非ず、一時の 自己満足に消 えるものに非ず。救いに導く力であり、又器である筈なり。其れを 如何に生かす 己れであるべきなりや。  己れの中に封印する勿れ。徳は己れを潤わせて終わるものに無く、 聖業に用い て真の輝きとなり、又真の功とならん。道にて学び体感し、身に付 けたる凡ゆる 事を救いの聖業に発揮すべし。道にて得られし三宝、是れが唯一な るものと思う 勿れ。其の救いを萬民に届け、萬霊を導く力を得て行ずる事の尊さ あり。其の真 なる果を得る者達となるべし。

道に因縁解消と抜苦与楽の力あり

  三天主考 令和7年10月14日   善徳有るが故に道を知り 是れを修むなり   善徳足らざるが故に 道を歩みて修むなり   道を通じて自渡渡人 自達達人   當に其の徳を表す時なり  有徳の者として道にありや。苦しみを背負いて道にありや。道は萬 民萬霊の歩 めるものにして、様々なる縁より集う事とならん。苦しみ乍ら道に ありし己れあ らば、是れを浄化すべし。道に因縁解消と抜苦与楽(ばっくよらく )の力あり。  救われぬ己れあらば、是れを乗り越えるべし。是れ成らずして次の 段階へと至 る事能わず。汝等は救われし者にして、救いを伝え施し行く者であ るなり。神国 の中に満ちるべきは、因縁に苦しむ人霊の負の力であるべきに非ず 。因縁を乗り 越え成長し、昇り行く姿であるなり。  救われし者よ、其の霊心体を大いに活かして、救いを表し人霊を導 くべし。以 て導きたる人霊を成長の段階へと誘いて、後継者を育てるが如く、 更なる段階へ と至らしむるべし。汝成らずして後進も成らず。救いを示し憧れの 道を現し、共 に進み行く者達となるべし。  一年を通じ如何なる成果を得られたりや、如何なる成長を成し得た りや。高き 志は揺らぐ事無く、更に強きものとなりたるや。大道の目的に向か いて力強く進 む姿は、未来をより明るきものとし、雲を拂(はら)い地上天国の 世を引き寄せ る事となるなり。

汝等の心が道の幸福を育てるなり

  三天主考 令和7年10月7日   幸福を感じ乍ら 日々を生きる者あり   苦しみ乍ら 日々を送る者もあり   世は平等ならず    道を歩む者 幸福と共にありや 苦しみ乍ら歩むや  同じ道を歩むとも、感じ得られるものは夫れ夫れに異なるなり。大 きな感動を 得られる者、幸福感を得られる者、様々なる収穫を為す者がある一 方にて何も感 じず、何も得られぬ者もあるやも知れず。幸福や充実の中に天道を 歩む事能うは、 是れ無上の幸福と言えるなり。  縁深くして道を行じる機を存分に得られる者あり。其の縁があり乍 ら、感じ得 られぬもの少なければ誠に勿体無き事であるなり。未だ道の本質や 奥を知らずし て、行道の中に真に得るべき感動を得られて居ない者もあり。又、 食べ物の好み が違うが如く、人に由りて生ずる感覚も異なる事もあろう。  然れど、神佛が願うは最高の幸福なる天道を歩むなれば、大いなる 幸福を味わ い及ぼし、更に大きく為して耐える事であるなり。幸福感と共に道 を歩む事を切 に望まん。其れ心より感じ起こり、心に由りて心に伝えられ響くも のとなるなり。 感動に満ち、感謝に溢れし神国生活の尊き姿を思うべし。  心を開き幸福を感受し、自らの中にて更に練り上げ、他へと伝え及 ぼして行く べし。天道因縁解消の道にして、険しき難もあれど、其れを乗り越 え、進み行け る幸福をも感ずべし。汝等の心が道の幸福を育てるなり。神国伝道 にて限り無く 広がるを期待す。