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他が為、道が為、萬霊が為の善徳を為し続けるべし

三天主考 令和6年12月27日   如何なるものも 救えるは天命あるが故なり   天命に由りて汝等は導かれたり   其の救いを動かし    天命の力を更に広げるに 徳を要すなり  徳の有無に関わらず道の縁を得るなれば、救いを授かる事とならん。故に天命は絶対であるなり。天命の救いは徳無くして得られるかと申せば、其れは簡単なる事に非ず。自力が低くも他力に由りて補われる處大きくして、前世の徳や先祖の徳等も大きく影響するものなり。  道を広げんとする者達、神国人は徳無くしてなれるものであろうか。全てを迎え全てを導くが、天道であり神国なり。其の救いの力、天命の力を発揮し、凡ゆるものに善縁を齎し、徳を補う者が神国人であるなり。  神国が道徳の世、王道の治世を為し行けるは、天命あるが故であろうや。神国人の積徳無くして其の徳は生まれず、周流せず。象の世に現れる事は無し。道を道とし、今与えられし此の時に善なる徳の行いを為し、積み重ねるべし。  善なる結果は徳が合わさり積み重なりてこそのものなり。神国の土台が出来、救いが大開したるは是れ、神国に集まりし善徳の果なり。是れよりの更に救い満ち溢れる神国を実現する為に、他が為、道が為、萬霊が為の善徳を為し続けるべし。其の行いが魔を滅し精霊を動かし、善縁を育て神国を充実させん。

神国の純陽なる精気を涵養すべし

三天主考 令和6年12月6日      救いを有すも 発する事無くば伝わらず   安らぎを得るとも 其處に導かざれば道は開かぬなり   神国大開せども    心が開かざれば神国を象へと現す事は成らず   道を歩みし者達の在り方こそ 最も要となる處なり    自らに入り来たるものが己れの中を巡りて、又、外へと出て行く事となるなり。善なる氣、良き波動を受ければ、己れは浄化され、良き氣が巡りて、己れの外へと陽氣が出ずる事となるなり。道にあらば如何なるものを摂り入れ、自らの糧とし又、己れより発さねばならぬかを意識すべきなり。  今、神国と末世の狭間(はざま)の如き處にありて、正負、陰陽、善悪様々なる影響を受ける事となれり。道を行じ乍ら、負の気質を多く受け、或いは悪気を取り込めば、自らより発されるのは純陽なる道の氣とはならぬなり。道にある則ち神国に生きる者達は、末難の濁気に打ち克ちて是れを入れず、入れるとも出さず。神国の純陽なる精気を涵養(かんよう)すべし。  道に救いあるとも、救われし筈の者の振る舞い等に由りて、是れを衆生に示す事出来ぬ場合もあり。救われし者達の発する陽氣が道を示し、救いを示し、神国を現すなり。其の自覚を有し、魔を浄化し、濁を純化し、陰気を陽氣へと変じせしめ、大道此處にあり、神国人斯くありを明らかとすべし。

何も動かなければ広がる事無し

三天主考 令和6年12月3日   道の縁は 何も無い處から生ぜず   何も動かなければ広がる事無し   様々なる縁は 道の縁へと変ずる事能う   日々縁を結び浄化し 道と為し行く歩みを為すべし  縁にも善なるもの、悪を帯びしもの等様々ありて、究極の善縁は道の縁となるなり。其處には善徳が宿りて、道の救いを引き寄せるが如し。解消すべき悪因縁は道より遠退(とおの)くものなれど、今は當に苦を背負い、業に苛(さいな)まれる故に開かれし道の門戸を知りて、悪縁を大転換させる事も可能であるなり。  道の縁は全てを救うものにして、凡ゆる縁は大道へと通ずべきものとなるなり。其の縁を広げ結び、道の救いを成らしむるべし。究極の善徳善縁が集うなれば、其處に敢えて浄化等も必要無きなれど、道を為したる人霊は悉く一族の因縁や解消し難き業を背負うなり。  道の縁で繋がりし者達のあるべき姿は、解するに難しく無きも、現実として悪因縁が表出し、神国にあるまじき問題等も生ずる場合あり。原点なる和も難しきものと感じられる事もあり。日々が良縁を生み善徳を以て善縁と為し行く、是れが行道なり。  道の縁は道に出逢う為丈のものに無し。道を行じ修め、救い行く縁であるなり。日々是れを養い、互いに高め合い広げ行く者達であるべし。行道を通じて因縁が解消され、光を帯びる様を神国人の生き様を以て示すべし

道を示すは人なり

三天主考 令和6年9月20日   天を仰ぐとも 其處に道は無し   地を探すとも 同じく道に遭わず   道を示す人に逢いて 初めて天に帰す道   地に救いを現す拠点は明らかとならん  故に天道人、天を示し道を示し人を示す。故に神国人、神に通じ、国を明らかにせしめ其の人たるなり。道にありし人とは如何なるものなりや。天道の一信者、一行者という個であれば道を示すに深き認識が欠ける事多し。道を示すは人なり。天道如何なるものかを示す天道人なり。  故に常に見られ判ぜられ、道とは如何なるものかを外より裁定(さいてい)を下されるが如くあり。道を背負えるや。大命を担えるや。聖業の器となれるや。五聖杯や金剛甘露と言われるに足るや。汝を見て人は道の光を知り、道の救いを知るなり。神国人として如何にあらねばならぬかを自らに課し、己れを正しめ、あるべき姿を見せられる様に、日々努力を続けるべし。  神国の皆が其の意識を高めて歩む事で、外より見える天道の光は大きくなり、其の価値も上がるなり。天道の価値を落とす行いや言を発さず、其の思いやりや善き振舞いを通じて、自然と神国の力を高め行くべし。世に出でて萬民萬霊を導くに当たり、道にありし者達の放つ魅力を高めるべし。

未救を導き、神国を陽氣で満たすなり

三天主考 令和6年9月13日      日々己れより発したる言や為したる行いが道となる   此の事を良く自覚し 天道人としての生き様を正すべし   己れより発したる道の力が未救を導き   神国を陽氣で満たすなり  意識せずとも常に己れよりは何らかの力が外へと発し、人に霊に少 なからぬ影 響を与えて居るなり。悪しき想念を抱かば是れを他へと及ぼし、何 気無き行いも 道に添うもので無ければ、 負の影響を与える事とならん。自らが何者で如何にあるべきかを知 り自覚せば、 己れの考えや行いも正され、発するものも善へと変わりて行くもの なり。  自らの口より発される言は如何なるものであらんとするや。道を説 く言霊を発 し、救いへと導く其の力を動かすべし。常に自然と出ずる言葉を制 し、浄化し、 聖へと化し、精霊を生ずる源の如く為すべし。  講話は先ず自己を高揚させる事無くして相手を感化する事は出来ず 。高揚にも 様々あれど、邪なる心を出したり、自己満足に執(しゅう)する事 無く、道の感 化を自ら起こす事なり。其れが伝わりて人霊を動かす力とならん。 常に其の場に ある事を思いて自らを正し、良き波動を生み、道の感化を伝える者 達であるべし。  志高く有し、道の大志となりて是れ道の力を大いに動かさん。自ら が歩みて来 たる其の生き様を大道へと直結させ、道の力となるべし。大命の許 にありし事を 忘れる事無く、道を伝える者としての器を益々高め行くべし。

道に秘められし力を大いに発揮させる者達であるべし

三天主考 令和6年8月30日   人に秘められし力の内   何れ程を開花させ用いる事が出来るなりや   道に秘められし力も又同じく多し   其の力を大いに発揮させる者達であるべし  人の持つ潜在能力の多くが表へと出る事無く生涯を終える事となると言われるなり。人の内なる可能性は限り無し。然れど其れを開く方法が分からず、気付かぬ侭に時を過ごすのみなり。  天道の導きは其れ等を開花する事が可能なり。先ずは得道、是れに由りて玄関が開かれるなり。其處より先に進みて如何なる力を得る事能うや。霊性の復活あり、真実なる目的を悟りて志す信念あり。道を歩みて神人霊の力を得るなり。  道に大いなる救いの力は秘められるも、其の力を開放し用いるは誰なるや。道の力も未だ眠りたる處多く、世に十分に現れ出て居るとは言えず。其の力を動かすは道の者達なり。其の力を得て、自らの潜在能力を大いに活かし用いるは道の者達なり。  己れに力無しと悩むなれば、自らが更に道の力となるべし。神の手足、救いの道具となるを欲し、神国伝道に力を尽くすべし。以て道の力となり、己れの力とならん。未だ活かされぬ領域は多し。道を歩みて救いの力を満たしては、与えられし大使命を遂げるべし。 

神に使われる己れとなるなり

三天主考 令和6年8月16日   天道は己れ一身を修めて成就せず   神人霊相和し 皆の力を以て聖業と為し   救いの力を表すなり   道を行じる夫れ夫れの心を浄め 高め   大道を進む大信と為して 道の力となるべし  天道を動かすは天意なりや、人意なりや。天意あれども人意が合(がっ)さねば道は動かず。神人霊の和合、合霊は如何なる時も重要であるなり。  道を歩む己れは、天の意の侭に動くなりや。自らの欲する處をして動くなりや。是れも天意に合すなれば、自らの行いは是れ道に即し、聖に属し、是れ順行に成るなり。  天意を知るも自らの心が合わず、是れに反したる思いにて為せば、良き順行は生まれず、聖業となり難し。自らを下げ、謙虚なる気持ちにて道を知り、道を為せば、神に使われる己れとなるなり。則ち為し行く事は徳となり、救いとなりて光を発す。  驕り高ぶり慢心にて道に臨み、或いは神人霊に接すれども、是れ合霊を為す事能わず。神に使われず道の力となり難し。  故に常に反省し、道の力となれる己れであり続ける様、日々を努むべし。神に使われ、道の力となりし時の幸福感は如何なるものか。是れを忘れず、道に尽くし、萬霊の為にある自身の在り方を定めるべし。  道の素晴らしさを日々感じ、感謝出来る神国生活を営みて、神人霊の相和す道の大事を共に学び感じ歩むべし。

着実に世治しの聖業を現すべし

三天主考  令和6年6月14日   天道は如何なるものであり   如何に是れを世に現して行かねばならぬものや   天道人たる己れは何者にして   如何にあらねばならず 如何に為し行かんや   其の基と表へと現す處を確とするべし  天道は如何なるものか。真理より説くなれば一にして全、以て救いを表すなり。是れを如何に受け取り、感じ、信とするや。 道を得て其の真理を知り、或いは救いを感じて、自らに道の何たるかを刻むものなり。以て道を如何に世に示し、伝え行かんや。此の理気象の如き側面を神国として捉えるなれば、如何なるものとなるであろうや。  神国は如何なるものであらねばならぬや。其の理想や真理を先ず明らかとしたり。其れを當に今、気の側面より確固たるものと為さんとす。神国は世に如何なる形を表し行くや。其處へと進み、着実に世治しの聖業を現すべし。  神国人は是れ如何なる者でありや。神国の内に在る人なりや。道の救いを得た人なりや。神国人を真理として、如何に解すであろうや。救い行く者、救世主其のものと捉える者もあるであろう。  神国人として如何なる信を持ち、如何にあらねばならぬかを明らかとし、其れを形へと為し行くなれば、神国人の格は上がり、神国の格も又上がり、天道の格を本来の真理のものとして世に示す事となるなり。宇宙一家の心を有して日々ありや。美しき心を共に養い、道を伝えたるや。道の理を象へと表し、大命の救いをより拡大すべし。

着実な成長を遂げ行くべし

三天主考  令和6年6月7日   日々の道の歩みを通じて真に積徳を為し   着実な成長を遂げ行くべし   有限なる時や機 其の縁を大いに活かし   道を道とし 其の真の御蔭を得るが良し   道の大いなる救いを日々感じられる   尊き行道を為す者達であるべし  同じ環境にありて同じ様に生活するとも、同じ徳を積み、同じものを得る事にはならず。道にありても是れは同様なり。行道の場にありて、夫れ夫れの感じ方や器等に由りて、得られるものは異なるなり。一様に皆が悟り、自覚し、成長する事が出来れば、伝法や成全、行道の苦労は無し。  然れど、現実はそうは行かず。人に由りて得意とする處も、違えば苦手とする處も又違うなり。道を行じ、日々得られる成長の糧や功徳は己れにありて、如何なるものとなりて居ると感ずや。日々感謝や感動と共に道にあらば、得られるものは大きく成長を進む事となるであろう。不平不満と共にあるなれば、積徳出来る筈の場でさえも自らの心を汚し、罪を作る場となるなり。  大道の救いは無限なれど、人の中に壁生じては有限へと変ず。是れ様々なる因縁の中に如何ともし難き問題あり。日々の行道を感謝と真心で為す者は壁を破り無限へと近付く事とならん。或る物事も快楽と感ずる者もあれば、苦痛と感ずる者もあり。訓練の場で多くを学ぶ者もあれば何も得ぬ者もあるなり。  天道生命を素晴らしきものと為せるか否か、日々良き収穫を為し、徳を積み、幸福と救いを人の何倍も得られる者となるか、是れ道への心に由るなり。得られたる好機を真に活かし、道の恩恵を大いに受け、又、与え行く者となるべし。

天命の光を示し表す汝等の行いであるべし

三天主考 令和6年6月4日   天命ありて救いの道あり 天命無くば一霊とて救えず   天命有る此の道にありて 天命の許にありし己れは   如何なるものかをより強く定めるべし  如何に広き慈悲心を持つとも、神佛への信仰心を深めるとも、強き信念で信じたる先へと進むとも、天命無ければ其處に救いは無し。天命は一つにして二派無く、長き歴史の中で護り継がれて来たる救いの法灯であるなり。天命ある救い故に救いを伝える事が許され、聖業として未来を紡ぐ事が可能となるなり。天命の許にある故に其の力を発揮し、救い行く事が能うものなり。  然れば、天命の傘の中にあるなれば、如何なるものも正にして救いに繋がる事とならんや。先述の善心が無くとも、形のみで聖業と為す事能うや。天命の許にあるとは、只其の傘の中にあれば良しというものに非ず。天命の光を発する丈の夫れ夫れの努力等を要するものなり。其の役職も又天命なれば、其れに相応しき格を養うに要す。一つ一つの行道、是れ天命の許にあらんとするなれば信を要す、志を要す。又、養いたる徳も其處に大いなる力となるものなり。  大道に天命あり。其の天命の光を示し表す汝等の行いであるべし。神国を見せる事、象の世に現す事、是れ當に天命の光を表すと同じなり。其の心意気を持ちて道の代表者たるべく夫れ夫れが振る舞う事、是れも又、重要と申せるなり。天命ありて救いは実現す。其處に己れは如何なる関与を為さんや。天命を汚し、曲解させる者となりてはならず。道の救い、其の光を大いに高め、広げる者達であるべし。

自らを通じて 真の幸福を示すべし

三天主考 令和6年5月31日   天道は最高なる幸福の道なるも   其れを伝えるべき汝等が 幸福ならずして   如何にして道の幸福を届けるなりや   道を得たる其の幸福は 今汝等の中に   如何なるものとして巡り満ちて居るなりや   自らを通じて 真の幸福を示すべし  幸福は心にて感じ表現するものなり。霊の幸福も感じるは心であり、生活の中の幸福も心が満ちてこそ成るなり。  幸福は如何にして生ずるものなりや。欲求が満たされた時に起こるや。足るを知りて其れを感ずや。無難なるを喜びて起こるや。道の幸福は常に感謝と共にある事を知るべし。   幸福は如何にして崩れるなりや。不満を生じ、次なる欲望に由りて塗り潰されるが如きものなるや。災難等を受け満たされしものが壊れたるが故なるや。将来への希望を失いたるが故なるや。  道の幸福が如何に素晴らしくあるとも、感謝を忘れては其れは消えたるが如し。最高なる救いと幸福を得るとも、心が蝕まれ、其の豊かさを無くさば、大いなる幸を照らし与える事は出来ぬなり。霊の救いを得たる者達、伝える者達は、心の救いを得て、是れを与え行く者達とならねばならぬなり。  古聖や道統の祖の姿や振る舞いは、如何にありたるであろうや。生活に貧すれども心は豊かにして、眼光より真の安らぎを発し、衆生の迷いを晴らす徳を発して居たなり。苦難の中にあるとも決して折れる事無く、救われし其の霊と共に幸福に満ちたる其の心を以て道を示したり。  此の時期に道を得たる者達にありても、是れ誠に大事なる事にして道への感謝を忘れず、真の幸福と共に神国の世を生きる事、當に神国生活の範となる様、各々の心を修め行く事を望むなり。自然と生じる陽の氣や湧き起こる幸福感が本物の救いたき其の想いを生み出すなり。

共に道の真価を知り 高め 救世主を育て行くべし

三天主考  令和6年5月28日   天道という最高の救い 最高の幸福を如何に捉え   自らのものとして発し 渡して行く事能うや   道の真価を表す己れであらねばならず   道を伝え 其の真価を継承し 広げる者達であるべし  道に対する信は何處より生ずるものなりや。道の素晴らしさを知り、感銘を受け、自らの心が道に向かう事に由りて高まるなり。  其れは道の真価を知る程に強まるものとなる事であろう。其の信強くば、終生道より離れる事無き決意となるであろう。其れ有したる者の中で、真に大道の信を終生貫き又、対極に迄持ち行く事能うは何れ程ありや。  常に其の信は問われ、試され乍ら補強され或いは新たなるものとして高められ行くものであるなり。常に其の修練の場にある事を自覚し、自らを磨く事も要するものなり。  又、其の試練は自らを高めるに止まりてはならず。人を導き霊を救い、相手の信を高める事を大事とすべし。今道を知りたる者が、一年後或いは三年後に如何なる使命を背負う者となれるや。是れ共に道にありし汝等に課せられたる大いなる課題であるなり。救われし立場より自立し、救う立場へと導く事、又更に次の者に信を授け、成長させる立場へとなれる様に導くべし。  道の信は強くもあり、又脆くもあるなり。未だ安定せぬ者は多く、汝等をしても完全とは成り難し。其れ等を導き高め行くは汝等の使命なり。多くを救い、更に其處より救う者達、道を授ける者達を輩出すべし。共に道の真価を知り、高め、救世主を育て行くべし。

日々が其の学びと成長の場であるなり

三天主考 令和6年5月24日   天道の伝え方は人に合わせ 時に応じ   場に即し 幾通りも展開する事能うなり   それは如何なる才を持ち 伝える力を養い行くや   日々が其の学びと成長の場であるなり  己れの有する力を発揮して道を伝えるなり。知識あらば是れ良し。情熱あらば人の心を掴む事も出来よう。信念深くあれば是れ又、感化の力とならん。自らに有する智仁勇や、様々なる徳力を以て伝道は形となるなり。  天道を行じ、救いを為すに要となるのが伝道なれど、伝道が得意と言う者は仲々多くは無し。寧(むし)ろ人に道を説く事を苦手とする者が多し。是れでは人は増えず。天道の発展は侭ならぬなり。  然れど、神国伝道の今にありて、道を伝える方法も実に多様化したるなり。其の中で己れの出来る事や、己れにしか出来ぬ事もあるものなり。常に流れ行く時運の中、到来する好機を逃す事無く、己れに有する力を大いに生かし道を伝えるべし。  日々道の感動の中にある者は、自然と道を伝える技量を養い、素養を積み、如何なる場面でも道を説き、伝える事が出来るなり。故に日々の行道を充実させ、常に新しき風を自らの中に取り込み、己れを日々進歩させ、成長させる事が大事であるなり。 

誠を尽くして天命の許に行道すべし

三天主考 令和6年5月10日      自らの徳や業 内の霊団 外の霊団   様々なる影響を受けて 今の己れあり   自らは何ずれの方向を向き    如何なる事を為さねばならぬや   道に真に己れを修むべし    自らを守護する徳の力強ければ、良き方へと導かれ、災いも少なし。然れど其 の力十分ならず。負の因縁重き程に、悪しき方へと引張られ、本来向かうべき處 に進み難し。道を得たなれば進むべき處は明らかにして、為すべき處も又明白な り。  然れど、道を得るとも未だ完全に迷いより解き放たれた者となるは難し。夫れ 夫れの有する因縁や欲心、迷いに由りて道の光が時に見え難く、神佛よりも迷霊 に使われる事も少なからず。道を得て道を歩み、道を授ける者となりたるなれば、 迷う事勿れ。自らの業に負けてはならぬなり。試練に屈する者でありてはならぬ なり。行くべき處、為すべき己れを明らかに定め、誠を尽くして天命の許に行道 すべし。  神佛に使われる其の心身であるなり。邪気や魔に流されて自らを失う勿れ。又、 己れが周囲より様々なる影響を受けるのと同様、己れも周囲に其の影響を大いに 及ぼす事となりて居るを自覚すべし。他者の奮起、前進、霊格向上の力となり得 たるや。悪しき影響の者と変じてはならぬなり。萬霊を救いの一点へと導く者と して中心を明らかとし、内外の霊団を整え、善導すべし。

道を支え、護りて活かすべし

三天主考 令和6年4月19日     道を支えれば道に支えられる    道を護れば道に護られる   道を活かさば道に活かされる   行道を通じて 真に道の御陰に浴すが良し    形無き真理なれど、意識する程に其の奥を解し、其の深さを更に知る事となるなり。道の奥深きは計り知れず。行じ感じ、悟りて更なる境地に至るなり。道の素晴らしさも人に由りて感じ方、捉え方に様々あり。道を歩み、更に道を知り、霊を成長させ、向かうべき方向を明らかとして、力強き歩みを為し行く事を期待するなり。道に対して誠を付くさば、道の更に深き處を解し、更なる感動や悟りを得る事能うなり。段階の一つ一つを導くは、既に其處を知りたる汝等の役目なり。  汝等の姿が道を表し、其の心が道の安らぎを示し、其の行いが道の救いを発するなり。道にあれば更に道を求め、道を支え、護りて活かすべし。以て大いなる道の加護は降り、道に由りて成長し、高められたる汝の姿あり。道を霊心体より感じ行じ、更に道に一体なるべし。

道に使われるべし

三天主考 令和6年4月12日   天道を行じるとは 己れが天道を使う事なりや   天道に使われる事なりや   道に使われずして 真の行道とはなり難し   道に使われて 其の救いを自らより発すなり  何の為に道を行じ、己れを修め、救世主としての素養を磨き高めんとするや。其の身に付いた能力は何が為にありや。是れ生かされずして其の意味を為さず。積み上げられた知識も、自己を満足させて終わるのでは本来の智となり得ず。  心を修めるとも其の心をして導かず。後進を育む事無くば、何を入れる器とならんや。道を行じては自らが其の上で、只歩みて居る丈となりてはならず。道に使われるべし。則ち神佛に使われ、聖業の為の霊心体となり、最高の救いの道具と言われる所以(ゆえん)を示す事が求められん。  道に使われるとは當に道の救いを体する事なり。自らの智仁勇一切の徳を道の力へと変える事なり。未だ理解浅くとも、道歴が長くなくとも、真心を以て伝えれば感化を起こし、背後で働く霊も動かし又、其の霊の積徳の依り代として、自らが使われる事にもなるなり。  神国伝道の実践とは、如何に己れが道に使われる事が出来るかにあるなり。其の赤誠を表し、道の救いを伝えては、神国の光と共にあるべし。

陽氣と共に広げる神国伝道であるなり

  三天主考 令和6年4月9日      助け合えば心も通う 心合わせれば霊も通う   霊合わせれば 一へと向かいて力を起こさん   道を歩みて 一なる流れを皆のものとすべし    道を歩み、役割を行い、責務を果たすに、個の意識は非常に大事なり。其處で注意すべきは個に偏り、他の力を借りたり、他へと協力する事を忘れて、狭き中での行道となる事なり。道が広がる程に、夫れ夫れの専門の分野や責任の範囲が明確となり行くも、其處に壁を生じ、全体を見渡し難くなれば、広い範囲での合力や和は、難しくなる場合あり。  個の考えより常に全体を見る事を忘れず、聖業全体の中での自らの使命を明らかとする事が大事とならん。己れの為して居る仕事の一つ一つは、聖業を利するものとなりしや。自己を満足させ、全体から見え難く評価されぬ己れの行道とする勿れ。  全体を考え、問題を共有し、力を持ち寄る事に由りて順行は生まれ、壁は無くなり、一人では解決出来なかった事にも智慧が生まれ、更なる前進に繋がる事とならん。三人寄れば文殊の智慧と雖(い)うなり。皆の智を高め、集める人皇学会であり、皆の力を集め、陽氣と共に広げる神国伝道であるなり。共に学び、和を深め、結束力を養い、希望や夢を未来に形と為し行くべし。 

自らを修め、自他を真に生かすべし

三天主考 令和6年4月2日      己れを高めるに道あり   他を高めるにも是れ道なり   道を通じて自他共に磨き合い成長し   道の救いを広め行くべし    五行に相生と相剋がある様に、萬物に於いても人間関係に於いても、其の相関あり。互いに心が合い生かし合うなれば、相生の力を受けたると言えるなり。気が合わず、相念乱れ、道ならざる方に行くなれば、是れ剋し合う関係と言えるなり。萬物の理の中で、相剋も相生と同じく大切なる要素であるも、是れ表に出て相生を制すなれば、世の中が末難へと動きたる動力を表すものとなるなり。  道の救いは、善なる心を以て其の行いを為し、善なる徳を以て悪しき因縁も正しく収め、五行が順行し、善き世を築いて行くを大事と為す。己れは生かす者にして、他を高める存在であるなり。斯くあるべく自らを修め、自他を真に生かすべし。己れは何を有し、何を与える事能うや。他に対して己れは如何なる存在となり得るや。  汝、救いを有し、是れを与える者なり。汝、道を有し、是れに導く者なり。故に感化を以て相手を切り換え、悟りを与え、未来を拓き、成長を齎すべし。道で得たる一切の事を生かし、救う己れであるべし。

皆の力を共に生かし、精霊の力を更に高めるべし

三天主考 令和6年3月26日     和は精霊を生み 不和は是れを滅す   一人の力は弱くとも    集まり和して 大いなる力と成らん   神国人のあるべき姿を以て 道に其の力を現すべし    和を基として神国はあり。和を行いて神国人はあり。和を広げて伝法と為し、大同泰平世界の実現は成るなり。和を欠きては悪因縁の進む處となり、一へと向かう足並みは、乱れる事とならん。  道を行じ、因縁を解消し、良縁へと為し、救いと為すに、和を大事とするなり。是れを以て因縁の解消浄化と為し、宇宙一家と向かう真の歩みとなるなり。神国伝道を為さんとするに、和は重要なり。人が集い又、霊も集いて一に和すなれば、夫れ夫れの長所が生かされ、短所が補われ、順行を以て陽氣は巡り、良き結果へと繋がるなり。  然れど、因縁深くして、気の合わぬ者達もある事であろう。其の不和が聖業を停滞させて居る事を知るなれば、如何に和し、如何に其の因縁の壁を破るかを考え、共に歩み寄らねばならず。努力や向上心無く物事は進まず。  大道は積徳滅業、和して精霊の力を高め、其の目的へと共に進む事が必要であるなり。皆の力を共に生かし、精霊の力を更に高めるべし。然らば、悪因縁も順行の内に融かされ、浄化され、神国の中に救われ行かん。

救いの力を大いに動かす事が求められる

三天主考 令和6年3月22日      行道に於いて 自らを高める事は常に求められるも   何の為に高めるのか又 高めた己れをして   何を為すかが更に大事とならん   大道の大いなる目的に向かいて   神佛に使われ 霊界に認められ 人と和して救うべし    道を行じる事で徳を積み、人格を養い、品格を身に付け、霊格を高める事能うなり。悪しき業や因縁の重荷があるなれど、其れ等も解消され、善へと向かい、霊性を清める事能うなり。 自らの完成は是れ利己心では成らず。積徳も滅業も、是れ与え救いてこそ、其の果を得るものとならん。  道にて自己を高めるも、是れ只自己を満たす為のものに非ず。其の己れをして聖業に尽くし、救いの力を大いに動かす事が求められるものなり。高まりし己れは、救いの力をより高める事能うなり。道の素晴らしさを更に上げる事能うなり。人の心を動かし成長させ、高める力を有すなり。  道を如何に示す事能うや。救いを如何に与える事能うや。其の力を更に伸ばし動かすべし。道を未だ得ぬ者が道を知る時、汝を通じて一を与えられるか、十を見せられるか、百の光に包まれるか、其の差を汝等の持ち得るものに由りて定め、或いはより高め与え行くべし。汝の発する陽の氣や徳に由りて、大いなる結果となり行かん。道で得たるものを自らの内に封ずる無く、光として発し施しては大いなる感化の力を顕すべし。

神国の大開を示すべし

三天主考    令和6年3月8日      行道の成果は 如何なる形を以て表れる事とならんや   良き因あれば良き結果あり   集大成と為す泉珠収天護摩供に    何を表し 何を得て又 何を与えるや    時は巡り、時は至り、又、時は過ぎ行くなり。大いなる時運の節目を如何なる志を持ちて迎え、如何なる収穫を為し、又、齎すか、其の意識や努力の有り方で、結果は大きく変わる事とならん。成果は、待ちて自然と生ずるものに非ず。如何に表し、如何なるものを得て、又与え行くか、其の行いが大事となるなり。  様々なる節目や通過点がありたり。夫れ夫れの時に於いて、如何なる事を学び、如何に成長し、如何なるものを自らのものとしたるか、其の力を大いに発揮して、次を開く事が重要とならん。  来たる人霊を迎える心は如何にありや。苦しみや因縁を持ちて、参ぜし者の気を癒やし、切り換え、精霊の力で満たすは誰なるや。来たる全ての人霊が道の救いに満ち、更なる志を養いて、神国の未来へと向かう其の導きを為すは汝等なり。言葉の掛け方其の一つで救いとなるなり、安らぎと化すなり。  又、壁を融かし和を大きくする事能うなり。又、其の逆もある事を注意せねばならぬなり。此れ迄に培いたる救世主の素養を形として表し、凡ゆる人霊と和し、救いを表し、神国の大開を示すべし。大いなる成果を夫れ夫れ意識を持ち、又、其の結集結束を以て顕現すべし。

伝える力を養う学びと為すべし

三天主考 令和6年2月27日      得たなれば与えるべし    知りたなれば伝えるべし   信を生みたなれば 其の信を相手へと根付かせるべし   道を得たる者達が 道を如何にして外へと発すや   道の光を高め 感化の力を及ぼすべし    救う為には伝えねばならず。伝える為には、伝えるものを自らが持たねばならず。自ら持つとも、其の内容を自ら知らざれば伝える事は出来ず。又、其の素晴らしさを感じねば、当然感化を及ぼす言霊にはならず。道を行じ、様々なる研参を積みて来たる者達なれば、感化の波動も大きい筈であるなり。然れど伝法を苦手とし、感化する力が乏しき者達も少なからず。是れ道を自らに知る力が高くあれども、其れを外へと発する力が十分で無き事を表すものなり。  講話に於いて、自らが感ずる道の素晴らしさの何分の一を思いとして出す事が出来るであろうや。自らが伝えたき内容は、何處迄発する事が出来るであろうや。又、受け取る側にも壁がありて、伝えたき内容が何れ程伝わるか、心を開き、受け入れて貰えるか否か。其れも話す者の力に由る處なり。  汝等は道を知る、救いを知る、又、救う使命を知る者達なり。故に道を表し、伝え、感化する力が一層求められる事となれり。知る為に学ぶに非ず。伝える力を養う学びと為すべし、道を伝えたい、或いは道への信念や様々なる感動を伝えたい、其の思いで人に接し、説いたり、質問に答えたり、相手の心を導く事は、人に与えられて居る様で、実際には自らが一番良き学びを得て居る事となるなり。故に伝道成全の行道を通じて、道の実践を伴いて、生きた学び をする事が肝心であるなり。其處に大いなる成長と救いの拡大は為されん。

一歩を大きく踏み出す時なり

三天主考 令和6年2月20日      積み重ねありて 今日の土台あり   未来を如何なるものと為さんとするなりや   其の先を見据えて   為し行く今がありて 未来は開くなり   一歩を大きく踏み出す時なり    日々の繰り返しあり。週は巡り、月は訪れ、年も又、道務に或る種の繰り返しを与えるものなり。積み上げ、積み重ねられたる土台は強固となるなれど、己れ自身は果たして如何なる成長を遂げ、天道は如何なる発展を為す事が出来たであろうか。  土台固まれば大いなる前進を要す。個々にありても然りなり。成長と共に築かれし自信は、如何なるものとなりたるや。自信無く前進を為さざれば、真なる意味での未来を勝ち取る事は出来ず。土台が確となれば、飛躍する事を要すなり。輪廻も又繰り返しなり。其れ巡る程に霊を重くし、本来向かうべき處とは違う方へと進むなり。  日々等、凡ゆる繰り返しの先は如何なるものと見るや。衰微(すいび)するものでありてはならず。道運を盛り上げ、未来を拓くには大きな力が必要となるなり。其の力を動かし、未来を拓く者達であらねばならず。常に未来への一手を考え、自ら出来る事を見定め、力強き一歩を踏み出し、輪廻を破るが如き進みを為し行くべし。大道の救いの広がり、神国の発展に向けて飛躍前進あるべし。

全てを生かし救うが天道なり

三天主考 令和6年2月16日      天道を行ずるなれば 成長を得るなり   霊の格を上げ 徳は土台ともなり光ともなり   行道者を押し上げん   積徳滅業の大いなる機を真に生かすべし    無駄なる事は何一つ無し。生かさば如何なる事も成長の糧であり、己れを支えるものとなるなり。然れど、現実に於いては如何にありや。無駄なる時を生じ、無駄なる金を費し、己れの成長とは逆の方へ行くが多し。己れは無駄とされる物事を如何に収め、未来へと繋げる事が出来るや。  失敗も是れ学び生かさば、未来の成功へと繋がるなり。己れの進むべき方向とは関係無き處の楽も、其處より己れの土台となるものや、反省し改めるものを見付け、未来に進むなれば、是れ無駄と消える筈のものを生かした事に繋がるなり。  有限の生の中で経験する事一切には意味があり、其の意味があるという意識を持ちて、常に己れを進ませる様に努める事が、無駄に消えるものを無駄に終わらせず、己れの財産とする事となるなり。  道に於いて如何なる歩みを為して来たるや。如何なる壁や節目を越えて来たるや。夫れ夫れに意味あり。全ては聖業の土台にして、又、己れ自身を高める為のものなり。其れを確実なるものと出来て居るであろうや。全てを生かし救うが天道なり。自ら歩み来たる中にありし事一切を、未来の救いに生かすべし。以て過去は報われよう。反省、感謝、前進を為して、大道は大いなる生かしの道を現すべし。

凡の中にも様々なる学びあり

三天主考 令和6年2月13日      聖と凡の中で自らの生あり   己れは何ずれの影響を多く受けて   何ずれに進み行かんとするなりや   如何なる時も道に通ぜざるは無し    霊は曇り易く、心は変わり易く、又、汚れを帯び易し。道に対する信を一時強く固めるも、其れを永続のものと為して行くは容易に非ず。世俗の欲に流され、諸魔に負け、凡事の中に守るべき中心は乱れ易く、失い易きものとなり得るなり。  道を行じたる是れを聖と為し、其の他の生活を凡と為さば、己れの聖凡の比重は何ずれに傾く事となるや。凡が悪であるとは決して申さず。寧ろ凡をも聖へと切り換え、凡の中に道を為し行く活路を開き、伝法に繋げれば、是れ凡を聖へと化する事となるなり。  凡の中にも様々なる学びあり。己れの一時の満足に終わらすに無く、道の学びと化し、己れを成長させるものと為したれば、是れ良き事なり。行道を狭き視野で為して居れば、伝道は手詰まりになるなり。神国は大きく広きものにして、萬霊を迎え、感化し、霊的果位を昇らせ行くものなり。  日々凡ゆる處で機を逃さず、道の発展する糸口を見出し、己れの更なる成長や道の未来の為になるものを掴む様、心懸けるべし。狭き自らの器でありてはならず。更に大きなものと為し、大局を見据えて如何なるものも聖へと繋げる者達となるべし。

真摯なる心にて行道を為し続けるべし

三天主考 令和6年1月12日      道を得たなれば 得たる自分となる様努むべし   役に着いたなれば   其の役を全うする自分となる様努力すべし   其の前進が 真なる己れを育てるなり   救世主たる己れ 其の歩みは如何にありや    道は奥深く知る程に、更に得るべきものありて、道を修めんと己れを正し進み行けば、更なる段階へと進みて自らも向上を得るなり。道深きが故に是れ更に求むるが良し。歩むが良し。然らば得るものは大なり。又、更に大きな視点に立ちて窮する事無し。  道にありし一切の役職も然りなり。其の命の大事を知る程に奥深く、自ら更に修め、其れに相応しき者と成長して行くを要すなり。其の努力有る者と無き者では、同じ役職でも発する光が違う事とならん。  道にありし者達も夫れ夫れに自覚の大小あり。道より受けし救いの光も夫れ夫れに異なるものとなれり。故に更に道を見て感謝を忘れず、求道の心を終わらせず、真摯なる心にて行道を為し続けるべし。  以て善因は善果を大とす。若し何らかの悪果を感ぜば、自らを修正し反省しては、正しき道を間違う事無く善徳へと変換すべし。反省を為せぬ者は我を捨て難く、執着を去り難く、貪心より脱しがたし。道を歩むに道たる己れを備える様努力すべし。  道の内収まりて、和は外へと光と成らん。帰すべき中心、安心安寧の救いの地は更に其の光を強くするなり。 

道を歩みて人の人たるべし

  三天主考 令和6年1月9日      道にありては道を表す人となるべし   道を歩みては救いを示し 導く人となるべし   道を歩みて人の人たるべし  天命の救いは是れ天に属し、元々目にする事は出来ぬものなり。然れど是れ地へと降り、時至りては人に由りて伝えられる法となれり。天にある道、地に形となりて現れたる道、其れ等の中間に人ありて、人たる道を明らかならしむるが求められたり。  目に見えず形に表れぬ真法を、求むる者は少なし。然れど、其處に究極の救いあり。此の時期に救いの道は開かれ、地に神国明らかとなれり。象を以て正しき道を示し、真の幸福を現すものとなれり。  今や様々なる方面より縁は繋がり、真理から形に至る多くの扉より道へと入り来る事能うなり。其處にありて真理の仲介者、伝法を授ける人の力が益々大事となるなり。天を思い、道に来たる者あり。形に現れし道、神国、地より救いに至る者あり。人に由りて道を明らかとし、迷いを悟りへと転じせしめ、道の救いを更に確固たるものと為すなり。  道の更なる歩みや、積徳へと導く者なるべし。人を見て道を曲解し、道を去る姿も少なからぬ事なり。神国人の格に相応しき行いを為し、真の人たる器へとなり行くべし。天地人に救いが妙合し、大道は大いなる聖業を進めるなり。道となれるや。ならねばならぬなり。 

道の救いを何れ程のものかを示すも汝なり

三天主考 令和6年1月5日      光満ちたるも 開かざれば外へと発さず   神国に救いの光は満ち 門戸は大きく開かれたり   自らの心を開きて 道の救いを世に発すべし  大道は一切を救い、萬物萬霊に通ずるものなり。一切は道の理に収められ、道の救いに由りて化するものなり。道は大開され、更に其の事が大きく打ち出される事となるなり。一切を含む故に、善なる面を見る事も出来、又反対なる部分を垣間見る場合もあり。救いを求めし者の深き因業や病魔、四生因縁等が其れに当たるなり。救いの道なるが故に苦しみも又表れるなり。災いの因も時として形へと生ずるなり。  開かれし道に何を見せるや。其れを制するが救世主たる者達であるなり。救いを求める者に対し、適したる救いの術を示し、授けられるが汝等なり。道の中にありし数多の救いの法を駆使し、其の者に最も良き光を以て照らし、其の者が道を歩むに最適なる方法を示すべし。  自らの心が真に開かず、狭き門や狭き考えにあれば、柔軟なる道の救い、千変萬化して相手を導く術を与えられず。神国大開に合わせ、自らの心も大いに開きて陽氣を満たし、発し行くを要すなり。楽しき道を示すも汝、厳しさを示すも汝、道の救いが何れ程のものかを示すも汝なり。道開きて苦しみの因縁を融かす救いの陽氣を大いに出すべし。