神に使われる己れとなるなり

三天主考 令和6年8月16日


  天道は己れ一身を修めて成就せず
  神人霊相和し 皆の力を以て聖業と為し
  救いの力を表すなり
  道を行じる夫れ夫れの心を浄め 高め
  大道を進む大信と為して 道の力となるべし

 天道を動かすは天意なりや、人意なりや。天意あれども人意が合(がっ)さねば道は動かず。神人霊の和合、合霊は如何なる時も重要であるなり。
 道を歩む己れは、天の意の侭に動くなりや。自らの欲する處をして動くなりや。是れも天意に合すなれば、自らの行いは是れ道に即し、聖に属し、是れ順行に成るなり。
 天意を知るも自らの心が合わず、是れに反したる思いにて為せば、良き順行は生まれず、聖業となり難し。自らを下げ、謙虚なる気持ちにて道を知り、道を為せば、神に使われる己れとなるなり。則ち為し行く事は徳となり、救いとなりて光を発す。
 驕り高ぶり慢心にて道に臨み、或いは神人霊に接すれども、是れ合霊を為す事能わず。神に使われず道の力となり難し。
 故に常に反省し、道の力となれる己れであり続ける様、日々を努むべし。神に使われ、道の力となりし時の幸福感は如何なるものか。是れを忘れず、道に尽くし、萬霊の為にある自身の在り方を定めるべし。
 道の素晴らしさを日々感じ、感謝出来る神国生活を営みて、神人霊の相和す道の大事を共に学び感じ歩むべし。