投稿

ラベル(問答)が付いた投稿を表示しています

神人対話(昭和59年1月28日)

〜問答47〜 【神】何時にとって道とはなんぞや。 【人】「自分の命が尽きるまで、行じていかなければならないと思います。」 【神】汝の道への確信は何處に在る。 【人】「ピントはずれかも知れませんが、感じることだと思います。」 【神】何を。 【人】「他の方々がやっておられるのをみて、この道が正しいと感じるものがあると思います。」 【神】それでは汝は人の話、人の行動を見て天道の何を感ずるなりや。 【人】「魂が救われたことをい感じ、思います。」 【神】思いますでは確信にならず。又、天道に依りて魂が救われたのも、汝の心からでは神の目より見て推測に過ぎず。 【人】自分自身の体で感じられるようにします。」 【神】汝よ、正直な所、一体道に対して何が信じられぬか申してみよ。決して師兄は怒らず。 【人】自分自身の天道に対する勉強が今ひとつ足らないから、理解不足があるのだと思います。」 【神】道に対して楽しみがなければ、理解できず。道義、聖訓の上での文章理解に非ず。自己の魂の救いが己れ自身に返って来なければ、汝、道を歩んでも得る物無し。汝よ、分からぬ事有らば茲にて申せよ。是の様な機会は二度と無し。 【人】「今、おっしゃられたことを心に銘じて伝道し、自分の喜びが自分の魂に跳ね返って来るように努力したい。」 【神】天道には二つの喜びあり。一つは自己の救い。一つは他人を救う喜び。汝よ、是れ等の一つでも良い。汝に道の楽しさが芽生える事を望む。