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聖天守院五壇開壇御聖訓

三天主考 平成18年7月22日    三宝は三天を超越する法なり   是れ得たれば三界の一切の柵より超脱す   當に最高なる救霊の真宝にして   萬霊救済 普渡収円の大いなる元とならん   大道を發展させ是の法を広く伝えて   全ての同胞なる霊を救済し行かん  得道を得たれば、是れ救いに巡り遭いたり。是の法受けたれば三界輪廻転生悉く解脱し、霊の故郷なる理天界へと上昇する事能うなり。得道を得し者、未だ是れを得ぬ者、現段階にありて肉眼にて感ずる事は難しくも、両者の差は歴然なり。是の得道の有無が其の者の命運を分け、宿命を変える事となるなり。其れ率いては其の者の縁者、祖霊の命運にも絶対的なる影響を及ぼすものであるなり。  既に得道を受け、行道者の一員となりたるなれば、得道者としての志を深め、未救の者を救うべく大道の行道に尽力する事が大事なり。大道の救いは先ず縁をもって、其の縁を通じて救いが広がるなり。汝の縁をして未来に救われるべく霊の数は数多なり。又、汝の有する縁に依らざれば、救われぬ人霊の数夥(おびただ)し。是の得道こそが最高の道の縁であり、救いの縁、其の偉大さ、重大さを知りて道を伝えるべし。  然れど、得道を得るも、救いの実感生じ難き者もあり。道を聞くも其れを信じ難き者あり。又、初期に道の素晴らしさを知りて、懸命に行道すれども、何時しかその情熱を失う者あり。  道は難しきものなるや。大道は信じるもの、そして感ずるもの、其の二面性を有す。其れ等が両輪の如く作用せば、何ら道は難しきものに無きなり。  信じる天道、感ずる天道、其れ等を己れの霊心体を以て実践する事が大切なり。然れば仮令困難多くとも、大道の辛楽を知り行道の妙味を味わい、益々道の素晴らしさを実感するなり。行道の中で様々なる奇蹟に出遭い、又数々の試練に遭いては、己れの信念を強化し、末世を救う救世主として成長し行くべし。  是の末難の時期にありて人の心は荒みたり。道を行じる者の心にも其の汚れは、容易に修めて消す事能うものに非ず。道を見よ、人を見よ、以て天を解すべし。人に不信を抱くなれば正道の何たるかを益々追求すべし。道に迷いあるなれば、道を全力を以て歩む者の姿を見るべし。中心を明らかに定め、己れの行道の糧を見出し、日々の実践へと移すべし。  抑(そもそ)も得道を得たれば、其の者の人生を大転換させるなり。今迄の人生及び、...

聖天守院八壇合同開壇御聖訓

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三天主考  平成17年12月23日   大志熱誠は越え難き壁を破りて大果を為さん   不断の実践 信念溢れる行動が人事を満たし命を勝ち取らん   得道帰天の法を得ては登天の大いなる熱意を以て   是の道を掲げるべし  得道は三界に於ける至宝なり。故に天道以外にありて是れを得る術は無く、天命に縋らずして授記されるものに非ず。三界下生の萬霊が、本来其の生命存在を懸けて追い求めるべく法は、現在己れ一身の修行にて得んとすれども能わず、聖人の道を志すとも大海の一砂を探すが如し。  時運は切迫し劫難の到来は、其の兆しの現れる事誰の目より見るも明らかなり。是の差し迫る末世の時運にありて、道は大衆に開かれ救いの門戸は示されるなり。是れが則ち天道なり。  然れど、是の救いの道開かれるべくして開かれたりや。親神の苦悩、悲泣無くして如何にして萬霊救済の道あらんや。老 の大慈大悲無くして何處に道が存在し得ようか。今、時来たりて有縁の者より道を得る段となり、更に其處より一切衆生萬霊へと救いの門戸が開かれる事となれり。今道にありし者達よ、得るべくして三界の至宝得道を得たりや。求めずして苦難を超える事無く得たるものであるや。其の宝全ての霊をして渇望する最高なるものなり。如何に探せども身を切る苦行を経るとも、得られる筈の無き宝であるなり。  是れを得たるに如何なる心を発すや。道に如何なる志を以て臨むや。己れに課せられし職命を悟るや。道に遭い法を得るに至るに、己れの一族が何れ程尽力し積みし功徳を差し出し、己れを選びて是の縁を授け、是の時に道ある處に送り込むなり。是の縁、是の宝を得ては、一族の功徳に恥じぬ様決起して精進邁進し、其の徳に報うべく行道を志し、更に天意天恩を汲みて聖事聖業に捨身奉行する事が義なり。  現代の世にありては生きる真の目的を明らかに出来ず。人生の価値は名利恩愛酒色財気の偽りの幸せに溺れて見えず。肉体は永続ならず、必ず衰え軈ては滅す。生老病死の四大苦は如何なる術を尽くすとも克服出来ず。己れが築きし富も又、死後に持ち行く事能わぬなり。死後に残るは生前の罪業、因縁のみにして、其れを確証し清算する為に獄殿で厳しき罰苦が待つのみなり。道を得る事は其れ等を全て超越する事であり、真なる世、老 の御元へと帰るを得る事なり。真なる生を得る事でもあり、則ち人生の本当の目的を明らかにし、真の幸福を得る事...

聖天守院(宮崎)合同開壇御聖訓

三天主考 平成 15年5月10日   現世にありて己が内の三天則ち理気象を修めるべし   現世其れは儚なくもあり又全てを修める事能う處であるなり   萬劫の輪廻の終止符に大いなる道あり  人の本質本性は其の姿形になく其の心の更に又奥に存在する霊であるなり。霊こそ人が最も是の世で磨くべきものであり、人生を修める目的となるなり。肉体、其れは霊の宿る依代であるなり。肉体は永続ならず。生老病死に苦しみ軅て朽ちるものとなるなり。  然れど人生きるに仮の宿なる肉体を全てと考える者多し。故に姿形に執着し、象あるものに耽溺し、心を忘れ霊を修めるを忘れるなり。肉体は本来霊の修養の最大なる道具となるも、其れ當に魂魄欲望の依代と化し、目に見える豊さに終始し、本来の目的を達成する事無し。是の世は仮の世なるや。肉体是れ仮の姿であるなれば、今人の住む象の世界も又、仮の世界なるや。長き輪廻の中で未だ象の世界にて霊を修める事は無く、苦しき輪廻は永久に続くものとなるなりや。  是の象の世界、是處こそが最大の修練であるなり。肉体こそ霊の最高の修練の場なれば象天界に人身を受けるは最高の積徳の機会であるなり。然れど人身は悉く魂魄に支配さる。真実なる霊性が最良の修練を為すは難し。大道世に降り世に広まらんとす。是の大道こそ人道を導き人心を正し霊を修める唯一の道であり、象の世界にして全てを修めるを可能とする道なり。道を得たれば、魂魄の依り代でありし肉体も法器と変ず。聖人が説く説法に勝る導き為すを可能とす、理を修め気を整え象を修める力を得るなり。  大道の目的、救霊にあり。象の世界、是れ則ち救霊の世界なり。救いは天が為し、天が直接導くものに非ず。道の救いは是れ象の世界より広まりて行くものであるなり。故に道を得たれば救霊を更に深め認識し実践して行かねばならず。  救霊、其れは先ず供養にあり。人身を得るは難しく、道を得るは容易に非ず。是の徳を与え、今日法地に汝等を送り込んだ数知れぬ祖霊の働きを知るべし。人は一人で生きる事能わず。象の世に生ずるに己れ一人勝手に生じたと思う勿れ。汝等の立つ大地、汝等の住む平和なる世界、汝等の得た道、全てが祖霊の恩恵に由るものと考えるべし。先祖供養は、救霊の第一歩なり。  次ぎに救霊を為す時重要となるのは、因縁の解消なり。萬々年に亘る輪廻の中に数え切れぬ因縁を背負いて行く事となるなり。象の...