聖天守院(宮崎)合同開壇御聖訓

三天主考 平成15年5月10日

  現世にありて己が内の三天則ち理気象を修めるべし
  現世其れは儚なくもあり又全てを修める事能う處であるなり
  萬劫の輪廻の終止符に大いなる道あり

 人の本質本性は其の姿形になく其の心の更に又奥に存在する霊であるなり。霊こそ人が最も是の世で磨くべきものであり、人生を修める目的となるなり。肉体、其れは霊の宿る依代であるなり。肉体は永続ならず。生老病死に苦しみ軅て朽ちるものとなるなり。
 然れど人生きるに仮の宿なる肉体を全てと考える者多し。故に姿形に執着し、象あるものに耽溺し、心を忘れ霊を修めるを忘れるなり。肉体は本来霊の修養の最大なる道具となるも、其れ當に魂魄欲望の依代と化し、目に見える豊さに終始し、本来の目的を達成する事無し。是の世は仮の世なるや。肉体是れ仮の姿であるなれば、今人の住む象の世界も又、仮の世界なるや。長き輪廻の中で未だ象の世界にて霊を修める事は無く、苦しき輪廻は永久に続くものとなるなりや。
 是の象の世界、是處こそが最大の修練であるなり。肉体こそ霊の最高の修練の場なれば象天界に人身を受けるは最高の積徳の機会であるなり。然れど人身は悉く魂魄に支配さる。真実なる霊性が最良の修練を為すは難し。大道世に降り世に広まらんとす。是の大道こそ人道を導き人心を正し霊を修める唯一の道であり、象の世界にして全てを修めるを可能とする道なり。道を得たれば、魂魄の依り代でありし肉体も法器と変ず。聖人が説く説法に勝る導き為すを可能とす、理を修め気を整え象を修める力を得るなり。
 大道の目的、救霊にあり。象の世界、是れ則ち救霊の世界なり。救いは天が為し、天が直接導くものに非ず。道の救いは是れ象の世界より広まりて行くものであるなり。故に道を得たれば救霊を更に深め認識し実践して行かねばならず。
 救霊、其れは先ず供養にあり。人身を得るは難しく、道を得るは容易に非ず。是の徳を与え、今日法地に汝等を送り込んだ数知れぬ祖霊の働きを知るべし。人は一人で生きる事能わず。象の世に生ずるに己れ一人勝手に生じたと思う勿れ。汝等の立つ大地、汝等の住む平和なる世界、汝等の得た道、全てが祖霊の恩恵に由るものと考えるべし。先祖供養は、救霊の第一歩なり。
 次ぎに救霊を為す時重要となるのは、因縁の解消なり。萬々年に亘る輪廻の中に数え切れぬ因縁を背負いて行く事となるなり。象の世界は因縁の世界と申しても過言になし。己れの福禄寿、又、凡ゆる運命宿命も因縁に由るものであるなり。因縁を解消する事は簡単に無し。萬劫に亘る六道四生の柵は極めて複雑であり、生きる上で又、霊を修める上で重き荷物となるなり。道を得たるも其の信を貫く事能わず。悪しき流れに惑わされ、道を離れる者もあり、又、道を歩み乍らにして悪しき出来事や不幸に見舞われる事もあり。因縁の清算解消は確実に行わねばならぬものにして、道を得て當に今世が最後の生となるなれば、尚更の事重要なる問題となるなり。未来を拓き、現在を正し、そして過去を正しく修める事、修道の中で因縁解消は大きな目標とならん。
 救霊、是れ外へと広がらねば最終目標である普渡収圓を全うする事能わず。先祖供養、因縁解消、是れは外への救霊を為す切っ掛けとなるも、其の要旨は己れの内にあるなり。外へと広がり、道の光を凡ゆる角度より外へ照らす時へと進み行くなり。
象の世界、理の伝道あり、気の伝道あり、そして象による伝道もあり。萬霊を救済する天道は三界に降り、象の世界に全てを修める天命の中心あり。萬教帰一、普渡収圓に向かいて大いなる救霊業を発するべし。萬霊を導き正しき修磨の法を与え、又真の平等、平和なる世を創るなり。白陽地上天国、是れ象の世の真のあるべき姿なり。そして、其れを築き萬霊を導くは人象の世界に選ばれた道にある汝等の大いなる使命なり。