救いの力を大いに動かす事が求められる
三天主考 令和6年3月22日
行道に於いて 自らを高める事は常に求められるも
何の為に高めるのか又 高めた己れをして
何を為すかが更に大事とならん
大道の大いなる目的に向かいて
神佛に使われ 霊界に認められ 人と和して救うべし
何の為に高めるのか又 高めた己れをして
何を為すかが更に大事とならん
大道の大いなる目的に向かいて
神佛に使われ 霊界に認められ 人と和して救うべし
道を行じる事で徳を積み、人格を養い、品格を身に付け、霊格を高める事能うなり。悪しき業や因縁の重荷があるなれど、其れ等も解消され、善へと向かい、霊性を清める事能うなり。
自らの完成は是れ利己心では成らず。積徳も滅業も、是れ与え救いてこそ、其の果を得るものとならん。
道にて自己を高めるも、是れ只自己を満たす為のものに非ず。其の己れをして聖業に尽くし、救いの力を大いに動かす事が求められるものなり。高まりし己れは、救いの力をより高める事能うなり。道の素晴らしさを更に上げる事能うなり。人の心を動かし成長させ、高める力を有すなり。
道を如何に示す事能うや。救いを如何に与える事能うや。其の力を更に伸ばし動かすべし。道を未だ得ぬ者が道を知る時、汝を通じて一を与えられるか、十を見せられるか、百の光に包まれるか、其の差を汝等の持ち得るものに由りて定め、或いはより高め与え行くべし。汝の発する陽の氣や徳に由りて、大いなる結果となり行かん。道で得たるものを自らの内に封ずる無く、光として発し施しては大いなる感化の力を顕すべし。
自らの完成は是れ利己心では成らず。積徳も滅業も、是れ与え救いてこそ、其の果を得るものとならん。
道にて自己を高めるも、是れ只自己を満たす為のものに非ず。其の己れをして聖業に尽くし、救いの力を大いに動かす事が求められるものなり。高まりし己れは、救いの力をより高める事能うなり。道の素晴らしさを更に上げる事能うなり。人の心を動かし成長させ、高める力を有すなり。
道を如何に示す事能うや。救いを如何に与える事能うや。其の力を更に伸ばし動かすべし。道を未だ得ぬ者が道を知る時、汝を通じて一を与えられるか、十を見せられるか、百の光に包まれるか、其の差を汝等の持ち得るものに由りて定め、或いはより高め与え行くべし。汝の発する陽の氣や徳に由りて、大いなる結果となり行かん。道で得たるものを自らの内に封ずる無く、光として発し施しては大いなる感化の力を顕すべし。