汝等の心が道の幸福を育てるなり

 三天主考 令和7年10月7日


  幸福を感じ乍ら 日々を生きる者あり
  苦しみ乍ら 日々を送る者もあり
  世は平等ならず 
  道を歩む者 幸福と共にありや 苦しみ乍ら歩むや

 同じ道を歩むとも、感じ得られるものは夫れ夫れに異なるなり。大きな感動を得られる者、幸福感を得られる者、様々なる収穫を為す者がある一方にて何も感じず、何も得られぬ者もあるやも知れず。幸福や充実の中に天道を歩む事能うは、是れ無上の幸福と言えるなり。
 縁深くして道を行じる機を存分に得られる者あり。其の縁があり乍ら、感じ得られぬもの少なければ誠に勿体無き事であるなり。未だ道の本質や奥を知らずして、行道の中に真に得るべき感動を得られて居ない者もあり。又、食べ物の好みが違うが如く、人に由りて生ずる感覚も異なる事もあろう。
 然れど、神佛が願うは最高の幸福なる天道を歩むなれば、大いなる幸福を味わい及ぼし、更に大きく為して耐える事であるなり。幸福感と共に道を歩む事を切に望まん。其れ心より感じ起こり、心に由りて心に伝えられ響くものとなるなり。感動に満ち、感謝に溢れし神国生活の尊き姿を思うべし。
 心を開き幸福を感受し、自らの中にて更に練り上げ、他へと伝え及ぼして行くべし。天道因縁解消の道にして、険しき難もあれど、其れを乗り越え、進み行ける幸福をも感ずべし。汝等の心が道の幸福を育てるなり。神国伝道にて限り無く広がるを期待す。