自信を持ちて道を伝える者であるべし
三天主考 令和7年3月28日
道への信は常に問われるものなり
故に己れを反省し
信の土台をより固め行く事を要すなり
其の信が表へと出たる時に
真に救いの光となるや 否や
其處を振り返りて 己れを高め行くべし
道を志す者は信の大事を知るなり。信無くして道を遂げる事無く、命を果たす事能わず。又、中心なる徳を修める事能わす。信を不動のものとし、又強きものとして己れの土台と為すなり。
其の信念、如何なるものとなりて己れを支え、又動かすや。信は己れの内や奥底に秘められるものなりや。或いは積極的に動きて表へと現れるものなるや。様々な信ありて個々の生き様あり。道への強き信も他へと強制するものとなれば、本来の道を失う場合もあり。然れど自らの内に止まりて外へと発されねば、救いの力を動かす事は出来ぬなり。
道への信が問われる中で、己れの尊き信は如何なる力となりて外へと表れ、他に感化を及ぼすものとならんや。内に強き信を有するとも、伝える事無くして道の力とならず。悪き結果を怖れて信を封じては道は世に出ず。
自信を持ちて道を伝える者であるべし。育てられ、高められたる其の信を大いなる救いの力へと転ずべし。自信を持ちて伝えれば、信は伝播す。自信を欠いたなれば、感化力は生まれず、道の素晴らしさや其の凄さを知るなれば、信が求められん。伝える力が救いとなり行かん。