最高なる救いの道具となるべし
三天主考 令和7年5月2日
歩み行く生は道なり 道と為さば人として成長し
霊として磨かれ 天命の許に救いを発す
因縁の鎖を断ち斬りて道を修め
大志を大いなる聖業へと為すべし
道を歩む姿勢とは如何なるものなりや。己れを正し悪しき處あれば是れを改め日々成長し、其の過程にて因縁を解消し行かん。己れを修めると同時に道を伝え広め行く事が、道を歩む事であるなり。其の姿勢は如何にあるべきや。
自らを正す、是れ誠に重要なる事なり。自らに向き合う修性と共に他に接し、因縁を浄化或いは純化し、凡ゆる縁を道の良縁善縁へと化して行く事を要すなり。其の為の心や姿を更に確とする事が求められん。
日々の生活も常に行道の内にあり。此の事を如何程自らのものと為せるかが重要なり。日々の己れを正す中で、前進成長の糧を得て器を高めて行く事が必要なり。日々より得る者と得ぬ者とでは、成長に大きな開きが生ずなり。
日々最高なる行道の環境の中に居乍(いなが)らも得ぬ者に成長は無し。道を歩む其の心をより深めるべし。以て最高なる救いの道具となるべし。精霊が順行するが如く、自然と大道の陽氣や救いの光を自らに満たし得たものを、他へと伝え施し導く者達であるべし。